花舞う街で

□苦悶する女
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栄太郎様と初めって会ったあの日から、もう二ヶ月が過ぎた。この頃は皆徳党の方達も、忙しいのかめっきり来なくなった。噂では、戦局が芳しくないらしい。

野風さんは、大黒さんが来ない所為で機嫌がすこぶる悪い。小夜さんは高杉様が来るのを指折り数え、女将さんは常連客が来ないことに寂しさを感じている。朝霧姐さんは特に変わった様子もなく淡々としているが、本当は寂しいに違いない。

私はといえば、三浦屋の秘蔵っ子などと持て囃され、何人かの男の人と夜を過ごした。けれど、何をしても頭をよぎるのは、力強くも儚いあの後ろ姿。掴めそうで掴めない、雲のような人。


「銀時様、元気かな。」


死んじゃったり、してないよね。
皆徳党の人たちは、いつも死と隣り合わせだ。いつ死んだっておかしくない。だから自然と、三浦屋の女たちは皆徳党の志士達の死を常に覚悟してきた。

朝霧姐さんの前のお客。つまり、銀時様の目の前で死んだ人。赤木という名前の人だった。赤木様と朝霧姐さんは、心から愛し合っていた。遊女の恋は実らない。それがこの世界の鉄則だけれど、姐さんと赤木様はお互い一途に思い続けていた。

そんな二人のあり方に、私は強く惹かれた。

だからかもしれない。私が銀時様を好きになってしまったのは。


「女将さーん。」
「何か用かい、千歳。」
「ちょっとそこまで散歩行ってきます。」
「千歳、分かってるね。」
「分かってますって。すぐ帰りますよ。」


水揚げしてから、いつもの茶屋には一度も顔を出していない。それどころか、碌に外にも出ていないのだから。


「おばさーん、久しぶり!」
「あらまぁ、千歳ちゃんでないかい。やけにご無沙汰だねぇ。」
「本当。女将さんが中々外出してくれなくって。私もなんか最近疲れててさ。」
「水揚げしたんだ。疲れて当然さね。」
「まぁ、それもあるけど…。」


久しぶりに会う女将さんは、以前と全く変わらなくて、なんだか嬉しくなった。自分の環境はあまりに変わったけれど、こうして変わらずにいてくれる人がいることにありがたく思った。


「おばさん、いつもの!」
「はいよ。今持ってくるね。」


猫舌な私に合わせた少しぬるめのお茶と共に、私の大好物は直ぐにやってきた。一口食べれば、ほどよい甘さに魅了される。最近は団子好きな私の為に、栄太郎様が団子を買ってきてくださるが、やはりここの団子が一番だと思った。


「千歳ちゃん、それで、お仕事の方はどうなの?」
「おばさん、からかわないで。」
「嶋本の若旦那を繋ぎ止めて、上々じゃないのさ。」
「栄太郎様はいい人だから、そんな言い方よしてよ。」
「あんれまぁ、お客に肩入れかい。そんなんじゃ後々辛くなるよ。」


おばさんは困ったように笑った。何人もの女郎をこの町で見てきたおばさんの言葉には、やけに信憑性があった。私はおばさんが言った事を頭の中で反芻した。梅雨時の湿った空気の所為か、はたまた私の冷汗の所為か、髪が頬に張り付いた。


「千歳ちゃんは、優しいからね。」
「そうかな。」
「この前千歳ちゃん付きの禿(かむろ)(*1)の子が来てね。千歳ちゃんは優しいって言ってたよ。」
「紗那が?」
「そうそう、紗那ちゃん。」


晴れて一人前の遊女になったから、当然のように私にも付き人がいる。紗那(さな)という子で、歳の頃は十ほど、少し内気な性格だ。健気に私の世話を焼いてくれていて、紗那の笑顔にいつも癒されている。


「紗那がねー。」
「しっかりと育っておやりよ。」
「当たり前よ!朝霧姐さんがしてくれたように、私も紗那を立派な女にする!」
「その意気だよ、千歳ちゃん。」


今頃紗那は茶の稽古をしている頃か。健気に頑張る紗那の姿を思い浮かべたら、何かご褒美をあげたくなった。


「おばさん、みたらしと餡子を三本ずつ包んでくれる?」
「はいよ。」


おばさんが団子を包んでいる間、私は外に出て空を見上げた。梅雨の貴重な晴れ間である今日の空は、少し雲がかかった程度。雨が降る予兆もない。

しかしおばさんが団子を包み終わった頃、ぽつりぽつりと静かに雨が降り始めたのだ。驚いてまた空を見上げるが、雨を降らすような雲はない。不思議に思って首を傾げていると、おばさんが団子の入った風呂敷を持ってきた。


「あれ、珍しいね。狐の嫁入り雨だよ。」
「狐の、嫁入り?」


聞きなれない単語に私はさらに首を傾げた。おばさんはそんな私を見て笑った。


「晴れてるのに雨が降ることを、"狐の嫁入り雨"っていうんだよ。」
「へー。」


おばさんが店へ戻ってしまっても、私はそのまま晴れた空を見続けていた。青空から降ってくる雨粒が綺麗で、つい見入ってしまったからだ。気づいたら雨は止んでいて、私は少しがっかりして三浦屋へ足を進めた。雨が降ったというのに、地面はすでに渇き始めている。まるで先ほどの雨が幻だったかのようだ。

三浦屋が見えてきた頃だった。懐かしい後ろ姿が見えたのは。約二ヶ月振りに見るそれは、意図も容易く私の鬱々とした気分を払いのけた。自然と速足になった。会いたい。会って言葉を交わしたい。そう思っている自分に気がついた時、私はパタリと足を止めた。

数メートル先にいる彼は、棒の様に立っている私に気づいた。かちりと目が合った。彼は一瞬驚いた様に目を丸くさせた後、ふいっと私を視界から外した。


「…あ……。」


小さく声が漏れた。頭の中でおばさんの言葉と、あの雨の夜の日にすすり泣いていた朝霧姐さんの残像が、繰り返し出て来ては消えた。

晴れ間の雨を、どうして"狐の嫁入り雨"というのか、無性に知りたくなった。



(*1)禿(かむろ)‐7、8歳頃と若い頃に遊廓に売られてきた女子。遊女の身の世話などを奉仕し、遊女としてのあり方などを学んでいく。彼女達の教育は姉貴分に当たる遊女が行った。




 



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