花舞う街で

□困惑する男
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戦は激しさを増す一方で、仲間の数は減っていく。俺たちの様に新しく入党する者もいなくはないが、それでも天人の強大な軍事力の前にここ最近は負けが続いている。連日の戦続きで志士たちは疲弊しきっていた。


「このままではいかんな。」


幹部のみの作戦会議で、大黒は唸った。ここに来て半年経つが、俺と高杉、ヅラは大黒の計らいによってそれぞれ一個小隊を任されている。文次郎は大黒の側にぴたりと付き、今や大黒の右腕のような存在だ。


「大黒殿、疲れているのは天人共も同じでしょう。ちと休戦してはいかがですか?」
「んん。それは難しいな。」


ヅラの提案に、大黒は渋い顔をした。俺の隣にいる文次郎は心配そうに大黒を見つめる。


「大黒さん、難しいとは?」
「天人の増援が来ているとの情報が入った。」


ざわっと、部屋がどよめいた。ただでさえ数は天人の方がはるかに多いのに、これ以上軍勢が増えてしまったら、とよからぬ考えが皆の頭をよぎる。


「だ、大黒さん!その情報が真実なら、我々はどうすることもできません!」


幹部の一人が悲痛の声を上げた。それに続いてほかの幹部も次々に声を荒げる。俺はその様子をじっと静観していた。ふと向かいに座るヅラと目が合い、ヅラは困ったように眉を下げた。


「皆落ち着け。策を考えよう。」
「大黒さん…」
「大丈夫、何か手立てがあるはずだ。」


恐らくこの中で最も疲れているのは大黒だろうに、精神的主柱であるこの男は一瞬でも弱音を吐いてはいけない。大黒匡賢という大きな存在が、俺たちを根元から支えている。

万が一大黒が死んでしまったら、皆徳党はどうなるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていた。後になって考えてみれば、この時の俺は大黒の気持ちを理解していた気になっていたが、実際は毛ほども分かっちゃいなかった。それはこれから嫌というほど知る事になるが、まだ先の話だ。


* * *


会議から二日後。大黒の伝手で、増援が来た。増援に来た面々をざっと見てみるが、若者が皆徳党と比べてずっと多いように見える。それこそ俺やヅラなんかと同年代のやつらもいて、少し驚いた。

その増援の頭もまた若い姿をしていた。くるくると俺にも負けない天然パーマを揺らしながら陽気に笑うそいつは、名を坂本辰馬というらしい。妙な言葉づかいをするそいつは、何とか流の免許皆伝の腕を持つという。本当に人は見かけによらない。

増援の甲斐あってか、次の戦に俺たちはなんとか勝つことができた。やはり天人軍も弱っていたようだった。

その夜、俺たちが来た時と同じように、坂本等の歓迎会と勝ち戦の宴が行われた。しかし、酒の量はほどほどにと大黒からの注意があった。いつ天人が攻めてくるか分からないからだ。それなら歓迎会なんてしなければいいのに、と眉を寄せる者も多少いたが、酒が入ると皆そんなこと忘れて笑いあった。


「アハハハハハ!おんし、金時と言うたがか?」
「銀時だっつの。」
「え?金時?アハハハハハ!ええ名前じゃき!!」
「だっから銀時だっつってんだろーがァァァ!!!」


いくら言っても名前を憶えない坂本は、俺のツッコミを意に介さず豪快に笑った。そして何を思ったのか、今度はヅラに絡みいった。

ヅラは酔っているのか、さっきから文次郎に難しい話を延々としていた。文次郎は坂本の介入によりヅラから解放され、よたよたとした足取りで俺のところまで来た。


「飲んでるか?」
「飲んでるよ。けどあのバカの所為で全然酔えやしねー。」
「ははは。また凄いのが来たな。けど、頼りになると思う。あの陽気さが、大黒さんの負担を軽くしてくれるといいんだけどな。」


文次郎は猪口をぐっと傾けた。俺も文次郎に倣って猪口に残った酒を一口で飲み干した。縁側から見える夜空には、月が煌々と佇んでいた。つまみの焼き鳥なんかがあれば最高だと、そう思った。


「これで女がいれば最高だと思わないか。」


後ろから聞こえてきたのは、ガキの頃からそりの合わない高杉の声だった。高杉は妙に上機嫌に文次郎を挟んで右側に座った。


「女って、流石晋助は言うことが違うな。伊達に女遊びしてないもんなー。」
「ククク。女はいいぜ。文次も溜まってんだろ?そこら辺の女とっ捕まえて抱いちまえばいい。」
「晋助、そんなことしてんのか?」
「女の方も嬉しがってるぜ。」
「はぁ。三浦屋の小夜って子を贔屓にしてるって聞いたけど。」


文次郎は呆れた様子で高杉から視線を逸らし、夜空を見上げながら言った。高杉は余裕の笑みを絶やすことなく酒をちびりと飲んだ。


「小夜か、アイツもおもしれー女だぜ。」
「お前にまっすぐ、媚びもせずモノを言える女は小夜の他にいねーな。」


俺も納得し、相槌を打った。小夜は、見た目の派手さはないにしても、それを補うだけの気立てのよさがある。 悔しいが、高杉はチビのくせにやけに女にもてる。寄ってくる女なんて大勢いる。だが小夜はそうではなかった。高杉が小夜を選んだのは、たぶんそういうことだ。


「小夜だけじゃねーぜ。俺に媚びねーのは。」


高杉は俺の方に体を少し向けながら言った。


「朝霧と、この間まで朝霧の付き人だった女。」
「それって、銀時が買ってる女だっけ。」
「朝霧とその妹分も、俺に対して普通だったな。」
「へー。晋助も万人にもてる訳じゃないってことか。」
「ククク。そういうこった。」

「ちょっと待て、今なんつった?」


文次郎と高杉が談笑する中、俺は困惑した頭で何とか声を発した。さっき高杉が言っていたことを、今この場で明らかにしなければならないという、妙な使命感に駆られた。


「朝霧の妹分が、どうしたって?」
「あ?知らねェのか、銀時。」
「何を?」
「千歳っつったか?ソイツがめでたく生娘を卒業したって話だよ。」


空になった猪口は、音を立てて床に落ちた。







 



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