花舞う街で

□男と女が出会うとき
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千歳が銀時のいる店に着いた時、すでに宴会は始まっていた。聞こえてくる三味線の音や女の声に、千歳は顔をしかめて考え込んだ。今ここで自分が出て行って、場を白けさせたらどうしよう、と。
結局千歳は配膳を手伝うことにした。これならば誰の邪魔にもならないし、配膳するとき銀時の様子を窺えると考えたからだ。

「天勢さん、次これお願いします。」
「はーい。」

料理人の作る大量の食事は、あっという間に無くなっていく。それもこれも、夜兎である神楽が原因である。千歳も夜兎の暴食っぷりはよく知っていた為、驚くことなくその大量の食事を飽きもせずせっせと運んでいた。

広い座敷の一番後ろの襖から、そこに控えている女郎に大きな皿を渡すと、女郎がそれを中央にいる銀時たちの元へと運んでいく。その単純作業の度、嬉しそうに食事を掻っ込み、酒を煽る銀時を千歳は眺めていた。

「落ち着いたら会いに行こう。」

料理場に帰る途中、静かに呟かれた千歳の言葉は、宴会の喧騒の中に溶けて消えた。

一方の銀時は、次から次へと出てくる極上の食事と酒を、感嘆の息をもらしながら堪能していた。これでもかというほど腹を脹らし、明日のことなど考えずに酒を飲んだ。

「救世主様〜、お酒はもうよろしいのですか?」

甘い女の声と香りに、銀時は気分がよくなりもっとと酒をねだった。猪口という小さい器に物足りなくなり、徳利を女から奪ってそれごと飲む。

「わぁ!凄い!」
「救世主様凄いわ!」

周りの歓声に、銀時はさらに気分が良くなった。新八や神楽も楽しんでいる様子に満足した銀時はつまみに手を伸ばした。


* * *


「天勢さん、今日はご苦労さんでした。」
「いえいえ。」

千歳が料理場と座敷を二十ほど往復した頃、ようやく座敷の方が落ち着いたようだ。三人とも疲れて寝てしまっているらしい。その事に、千歳は少なからず安堵していた。やはり心のどこかで、まだ銀時と会う事を躊躇していたからだ。
今日はこのまま帰ってしまおうか、そう思ったが日輪の笑顔を思い出して、座敷へとゆっくり歩き出した。

座敷の襖を開けると、電気は消えていた。三人以外に誰かいる気配ななく、しんと静まり返った座敷に千歳は妙な恐怖感を感じた。

無防備に寝息を立てている銀時に、一歩一歩近づく。その度にドクドクとうるさいくらいに心臓が鳴った。ついに銀時の側まで来ると、千歳はその場に座った。

銀時は口をうっすらと開けて、自身の腕を枕にして横になっている。その昔と何も変わらない格好に、千歳は小さく笑った。そっと手を伸ばし、ふわふわとした銀時の髪に触れてみた。

「ちっとも変わらないね。」

千歳はもうこれで充分だと思った。こうやって、幸せそうにしている銀時を見ているだけで自分も幸せだと。そう思って、ここから立ち去ろうとした時だった。

「おい…」
「っ!」

銀時が千歳の着物を掴んだのだ。千歳は頭の中が真っ白になった。

「…んー、みずぅ…」
「…あ、えっと、…。」

銀時は喉の渇きから水を欲した。しかし千歳は何をしたらいいのか分からなくなり、視線を彷徨わせるほかなかった。そんな千歳を不審に思った銀時は、千歳の顔をじっと見つめた。

「…その、水、ですね?今持ってきます…!」
「ちょっと待て。」

千歳はまたしても、銀時に行く手を阻まれた。今度は着物ではなく、手首を掴まれている。

「…お前、」

月明かりしかない薄暗い部屋の中、銀時は目の前の女に言い知れぬ懐かしさを感じたのだ。銀時は目を凝らして、じっと千歳を見つめた。

「誰かに…」

沈黙の中で自分の心臓の音が爆音のようになって千歳の耳に響いた。泣きたくなる気持ちを必死に堪えながら、銀時の反応を待った。

「名前は?」
「…えっと、天勢です。」

銀時に聞かれて咄嗟に出てきたのは、吉原にきてからの名前だった。それを聞いた銀時は、酒の悪戯だと頭を掻いてから千歳を掴んでいた手を離した。

「悪い。なんか昔の知り合いによく似てたからよ。」
「あ、いえ。」

それは私?、と千歳は今すぐにでも問いたかった。しかし千歳は怖かった。もし聞いて自分じゃなかったら、或いは銀時の気まぐれだったら。
もやもやと考えていると、ふと弱い自分に嫌気がさした。その時千歳の頭に浮かんできたのは日輪と晴太の笑顔だった。日輪はどんな思いで晴太に真実を明かしたのだろうか。本当の母親ではないと。
千歳は一つ深呼吸をした。すると、絡まっていた糸が解れる様に、千歳の考えがまとまった。

「あの、よろしかったら、その方のお名前をお聞きしてもいいですか?」

千歳は半立ちの状態から銀時の前に座り直した。その真剣な眼差しに、銀時はやや驚いた。昔の話はあまり好きではなかったが、銀時は話す気になった。

「…千歳。」

銀時はぎょっとした。なぜなら、いきなり目の前の女が泣き出したからだ。何か悪い事をしたのかと思ったが、自分が何をしでかしたのかが分からない。銀時がこの状況をどう収拾したらいいのだろうかと考えあぐねていると、千歳が口を開いた。

「あのね、銀時様。私も昔は、千歳って呼ばれてたんですよ。」
「…は?」
「吉原に来る前は、三浦屋という小さな遊郭で働いていたんです。」
「………」

驚きで呆けている銀時に、千歳はうれし涙を流しながら、自分の気持ちを伝えた。

「千歳、なのか?」
「はい、銀時様。」

銀時は千歳を凝視した。死んだと思っていた千歳が生きていた事が、本人を目の前にしても信じられなかったからだ。それと同時に、心の奥で化石となっていた感情があふれ出るのを感じた。気付いた時には、銀時は千歳を胸の中におさめていた。

「お前、意味分かんね。生きてたのかよ。」
「ちゃっかり生きてました。」

千歳は銀時の胸の中で確かに幸せを感じていた。次々に思い出されるのは、あの街で感じていた恋慕の想い。初めて、吉原を好きに慣れそうだった。

「銀時様が私を覚えていてくれて、うれしいです。」

幸せのあまり流れる千歳の涙は、月明かりに照らされてキラキラと光った。銀時は千歳を自分の体から離すと、あたりまえだろ、と呟いた。そして、何か躊躇う素振りをしながら、さらに小さい声で、千歳にしか聞こえない音量で囁いた。

「……うっそだぁ…」

今度は千歳が驚く番だった。陸に上がった魚の様に、口をぱくぱくとさせることしかできなかった。

「嘘じゃねえよ。」
「だって銀時様、だって、ええ?」

パニック状態の千歳を見て、銀時は可笑しくて笑った。

「わ、笑わないでください!」
「お前が変なのが悪い。」
「ひどい!銀時様、昔とちっとも変わってない!」
「そういうお前こそ何も変わんねーよ。」

意地悪く笑う銀時に、千歳は頬を膨らませた。そんな昔と何も変わらない光景に、二人とも目尻を下げて笑った。







 



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