花舞う街で

□決意した女の末路
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「常夜の街、吉原桃源郷…。ここに来てもう何年経つのかな。久しぶりに、太陽とご対面だね。」

私はあれから、天人の言っていた通り吉原に売られた。吉原は三浦屋の様な田舎遊郭と違い、用意される着物もより華やかで艶やかだ。初めは中々慣れなかった郭言葉も、今はもうお手の物。

太陽の光が差し込まないここに、もう一生見ることを諦めていたけれど、先日、本当に久しぶりに太陽を拝めることが出来た。

「吉原の救世主様、か…」

その救世主様が、鳳仙を倒してくれたそうだ。なんでも、銀髪天然パーマのお侍さんらしい。もしかして、と私が思わないはずがない。若い頃の初恋の相手を想像して、私の頬は弛んだ。

「どんな人なのかな。」
「なら会ってみるか?」
「…百華の、月詠。いつもいきなりだね。」
「ぬしがいつもぼうっとしているだけだ。」
「人が阿保みたいに言わないでくれる?」
「わっちは事実を言ったまでじゃ。」
「ひどいなぁ。」

私が笑うと、月詠もふっと笑った。

「あれ?月詠が笑うなんて珍しいね。」
「ん?そうか?」
「もしかして、恋でもした?」
「っな!そんな訳なかろう!!」
「図星って顔してる。あ、分かった!例の救世主様でしょ!」
「違うと言っておるのが聞こえんのか!!」

やけに慌てる月詠に、私は確信した。月詠が救世主様が好きなんだね。

「そんなに素敵な人なの?」
「違うからな!」
「分かったから。」

顔を真っ赤にする月詠が、唐辛子みたいで面白くて可愛い。月詠といるとまるで妹でも持った様な気分になる。

「あんな奴。ただの甲斐性無じゃ。チンピラじゃ!」
「でも強いんでしょ?」

私がそう言うと、月詠は黙って頷いた。認めたくないけど強い、って意味なのかな。負けん気が強いね、月詠は。

「背丈はどれくらい?」
「だから、わっちがさっき言ったではないか。『会ってみるか』と。」

腕を組んで頬を赤らめたままの月詠は、明後日の方向を向きながら言った。

「今度、吉原で奴をもてなすと日輪が言っておる。ぬしも参加しないか?」
「…う〜ん。」

どうしよう。もし仮に、救世主様があの人だったとしたら。そんなことを考えてはたと気づく。髪型が同じというだけで私は何を期待しているのだ。そんな偶然ありえないと自分に言い聞かせた。目を閉じれば、過去の自分が思いを寄せた人が鮮明に映し出される。
過去の自分が?いや、こうやって今も尚あの人に囚われているのだから、きっと心のどこかで……

「遠くから眺めるだけにするよ。」
「なんじゃ、それでいいのか?」
「うん。」

月詠は拍子抜けしたような顔をしたが、そうかと頷いて、救世主様が来る日時を教えてくれた。

「本当にそれでいいのか?随分と気になっていたようじゃが。」
「だって、なんだか面倒だし。」
「まったく、相変わらずじゃな。じゃあまた、天勢。」
「じゃあね、月詠。」

小さく手を振って別れを告げる月詠に、私も手を振って返す。月詠は私を"天勢(あませ)"と呼ぶ。月詠だけではない。この吉原にいる人々は皆そうだ。ここに来た時に、"千歳"という名は田舎臭いと今の店主に変えられたからだ。
私は、自分の部屋の障子を開け外を見た。今までは無かったはずの太陽が、煌々と輝いている。

「…もしかすると、また見られるかもね。」

狐の嫁入り雨が。


* * *


救世主様が吉原に来る日、私は救世主様が見られる場所からそっと覗くために、新しく開いた日輪の茶屋に来ていた。さっそく三色団子を頼み、温かい茶と共に頬張る。

「あんたは良かったのかい?外に戻らなくって。」
「日輪、私は外にいた時も女郎だったんだよ。外に出たって、何をすればいいんだか分かんないと思うし。」
「そうかい。」
「それに、日輪が残るなら私も残るよ。」

私がそう続けると日輪は苦笑した。車椅子に座る日輪に胸がちくりと痛んだ。今まで辛い思いを一身に抱えてきた日輪が残るなら、私が残らないわけがない。

「晴太は元気?」
「ああ、今はおもちゃ屋でバイトしてるよ。」

おもちゃ屋なんて、吉原に新しくできたのだろうか。日輪に尋ねると、晴太が働いているという店を指差した。ああ、(大人の)おもちゃ屋ね。

「晴太に会っていきな。あんたも母親の一人なんだから。」
「そうだね。」
「何も意地張る必要なんざないよ。晴太は優しい子だ。」

そう言った日輪の顔は、身籠った朝霧姐さんとそっくりだった。母親の顔、とでも言うのだろうか。私にそれが出来るだろうか。
悶々と考えていると、ふと晴太と目が合った。びっくりした私は一瞬固まってしまったけれど、にこにこと笑いかけてくれる晴太に後押しされ、小さく手を振った。

「あ、返してくれた。」
「だから言ったでしょ。」

手を振ったら振返してくれた。そんな小さな事だけれど、私にとっては凄く大きな事で、心の底から温かい気持ちになった。





 



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