花舞う街で

□男のいる街
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成り行きで来た吉原で、俺は救世主と呼ばれることになった。吉原に来た時、心の隅であの時の嫌な記憶と、千歳を思い出した。
あいつが生きていたら、と昔は何度も願った。それでも時間が経つにつれ、千歳を思い出すことも減った。
いつからだったか。そうだ、この町に住み始めて、万事屋を営むようになってからは、千歳のことなんてすっかり忘れていた。

「銀さん!早く行きますよ!」
「新八。銀ちゃんに何言ってももう無駄ヨ。」

多分、こいつらのお蔭なんだろうと思う。仲間を失った痛みは少しずつ癒え、新しく何かを背負う覚悟もまた出来た。このかぶき町で、万事屋坂田銀時として。

「うっせーよ、お前ら。」
「銀さんが遅いからですよ。早くしないとおいて行きますよ。」

今日は吉原に行く日だ。吉原の女たちが、俺たち万事屋に恩返しをしたいらしい。自分のやりたいようにやっただけで吉原を救った気はないが、酒飲み放題で美味い飯食い放題だと聞いては黙っていられない。遊郭の飯は美味いと相場は決まっている。それが江戸一の吉原ともなればなおさらの事だ。神楽も新八も普段のちんけな食事ではないことに浮足立っていた。


*


吉原に着いたのはまだ夕方だった。入口の前に、月詠が煙管を吹かしながら待っていた。月詠は着いて来いとの一言の後、俺たちを先導し始めた。

「ツッキー!私遠慮はしないアルよ!!」
「安心せい。ぬしでも食べきれぬほどの食事を用意しておる。」
「キャッホーーー!!!」

はしゃぐ神楽を横目に見て、新八が月詠に本当に大丈夫かと尋ねると、夜兎のことはよく知っていると返した。

「それに、鳳仙の館に残っておった食材がたんまりあったんじゃ。」
「へー、それじゃあ、楽しみですね!」

それを聞いて安心したのか、新八も楽しそうに笑っている。酒も上等のものを用意しているらしい。桃源郷とはまさしくこのことだと思った。
そんな時だ。ぽつりと雨粒のようなものが俺の顔に落ちてきた。それは一粒に止まらず、次から次へと降ってきた。空を見上げるが、雨雲は無い。晴れているのに、雨が降っている。

「おかしいアル。晴れてるのに雨が降ってるヨ。」
「本当だ。珍しいですね。」

新八と神楽が不思議そうにしている中、なぜだか千歳が頭の中に浮かんできた。

「"狐の嫁入り雨"っていうそうよ。」
「日輪!元気だったアルか?」
「車椅子には慣れましたか?」

突然会話に入ってきたのは日輪で、どうやら俺たちは日輪の店の前まで来ていたらしい。日輪は相変わらずにこにこと笑っている。

「それにしても、晴れているのに雨が降るなんて。あの子の話、本当だったんだね。」
「ああ。わっちも初めて見るが、中々風情のあるものじゃな。」

月詠と日輪の会話を聞き流しながら、妙な既視感を覚えていた。前にどこかで聞いたような話だ。

「……もしかしたら、あの世であの人が泣いているのかもしれないね。」

ああ、思い出した。"狐の嫁入り雨"だ。
昔千歳が俺に、寝物語だと言って聞かせたんだった。よく覚えていないが、千歳が妙に誇らしげに語っていたのだけは覚えている。

「では狐は鳳仙ということになるな。」
「ふふふ。それはそれで面白いわね。」

そうだ。確か狐と男が出てきて、狐が愛する男の為に命を投げ出す話だった。俺はその話を聞いた後、千歳に狐が馬鹿だと言ったんだ。自分勝手だと、狐を責めた。

「じゃあ男はお前か、日輪。」
「銀さん、この話知ってるのかい?」
「昔一度聞いただけだけどな。吉原じゃ有名な話なのか?」

俺がそう聞くと日輪は首を振った。

「晴太がまだ生まれる前だったかね。この話をよくしていた子が店にいたのさ。太陽のないここじゃあ意味がないけど、っていつも淋しそうにしていたよ。」

日輪は、穏やかな表情で語った。その女が誰なのか知らないのに、無意識に千歳と重ねている自分に苦笑した。

「じゃあ、その人も今頃喜んでるんじゃないですか?」
「そうじゃな。」

新八が言うと、月詠が雨の所為で役に立たなくなった煙管を懐にしまいながら答えた。その返答に、俺も心の中で頷いた。

もし千歳が生きていたとして、あいつが今幸せだったらそれでいい。

そう思っていた。





 



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