「アナタ、どうかお体にはお気をつけて…ちゃんとご飯は食べてくださいね」

「それぐらい大丈夫だっ!そう気にするな」

心配そうに馬車から顔を出している細君は、これから出産の為に家の者数名を連れて郷に帰るところだった。
俺は、その優しい細君の心に微笑みかける。

「さぁ、もう出立の時間だろ?お前こそ気をつけるんだよ」

今にも馬車から降りてきてしまいそうな細君に、さぁさぁと急き立てると、彼女は渋々といった名残惜しそうな表情で此方を見つめる…。
俺は、その表情を見て、今の自分自身の身に起こっている事を悟られまいと必死に取り繕う己に、酷く吐き気を覚えた。

―――嗚呼、俺は唾棄すべき浅ましい男なのだな。

細君に微笑みかけながら、心は全く似つかわしくない事をぼやく。

そうこうしている内に馬車がゆっくりと動き出す。
ガラガラと車輪が回り、段々と馬車が遠のいていく。
それを先の角で曲がり姿が見えなくなるまで、俺は玄関先に佇んだままじっと見送る。
しかし、俺の心は既に母屋で息を潜めて待っている”彼”へと向いていた。




「今行くよ、坪田」





誰にも聞こえない程の声で小さく呟き、体の芯から来る熱く甘い感覚に指先が振るえ、唇からは色を帯びた吐息が零れた。













『 罪と罰 』













よろよろとした足取りで、なんとか母屋の入口まで辿り着き、力の入らない腕でゆっくりと戸を開ける。
ガラガラと重苦しい音が耳障りで鬱陶しい。

「はぁ…ぁ」

無意識に胸から熱い溜息が零れる。
全ての意識がソコへと集中してしまう。
俺の中に埋め込まれた張り方が、ほんの少しの動きだけで好い所を刺激するせいだ。

硬く、太い男根を模した其れが、ある一点を掠める度
えも言えぬ刺激が背中を駆け抜ける。

それもこれも…。




「どうした、笹嶋?」



体調でも悪いのか?と何の悪びれもなく廊下に佇む男を、壁に縋るようにして体を引き摺る体制のまま睨み上げる。

「――ッ、坪ッたっ」

途端、坪田は口角を上げて細く笑み

「好い様だなァ」

好色そうな目で、俺を舐める様に厭らしく下から上へと視線を移す。
それが何故か見えるはずの無い、俺の心内までをも見透かされている気がして、一気に顔が熱りだした。
かち合った視線を咄嗟に逸らす。しかし、その逸らした行為が奴の思惑にでもまんまと嵌ってしまったような気がして、酷く後悔した。
案の定、坪田は頭上から先程と変わらない声色で更に俺を煽る。

「尻が…疼くだろ?」

後編へ

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ