短い夢


□※さきちのなつやすみ
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「きでんはなんねんせいでござるか?」

「………さんねんせいだが」

「ぬぅ、やはりおれがいちばん下か…」

「はっはっは!おれは五年だ」


船から数時間ぶりに降りた陸地には、佐吉が思うより多くの人が迎えにきていた。
ひと月世話になる民宿の主人と従業員。そして主人の息子が二人。


皆佐吉を歓迎し、船旅の疲れを労ったが当の本人は緊張からかうまく話せず頷くだけで精一杯のようだ。


「わしのことは憶えておらんか。おぬしの父親の友人の武田信玄じゃ」

「はい、きいております。とうさまが、よろしくといっていました」

「そうか。おぬしは母親に似て、なかなかしっかりした子じゃな」


信玄は佐吉の頭をすっぽり覆えるほどの大きな手で、その体格からすれば驚くほど優しく撫でた。
その手が父に似ていたからか、母に似ているといわれたからか、佐吉はほんのり顔を赤く染めてそっぽを向く。
そこですこし先の防波堤に座りこんでいる二人と初めて目が合ったのだ。


走り寄ってきた男の子達と冒頭の会話を交わしたところで、信玄は挨拶をしろと二人に言い、一番下だという子は背筋を伸ばす。


「それがしは、べんまるともうす!」

「おれは弥三郎だ。ま、こまったことがあったらおれに言え」

「さ、さきちだ。よろしくおねがいします」


三人が挨拶を交わすと、今までずっと信玄の隣で黙ってみていた男が「次は俺様の番ね」と口を開いた。


「こんにちは佐吉くん。俺様は民宿の手伝いをしてる佐助といいます。よろしくね」


「こんにちは」


とても鮮やかな橙色の髪が、夏の陽の光を反射する様がきれいだと思った。佐吉は負けず目を輝かせて潮風になびく髪から目が離せなかった。

みなの自己紹介もすんだ所で、信玄、弁丸と弥三郎は方々へ散っていった。残った佐助は佐吉の荷物を片手にもち、もう片方は佐吉に差し出す。
しかし佐吉は首を振って自分の荷物を引っ張りつかむ。


「もう、こどもではありません!」

「……。ありゃ」


大きなバッグを一生懸命運ぶ佐吉の後ろ姿を見て、佐助はくすりと笑いながら「そこを右だよ」とついていった
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