短い夢


□※さきちのなつやすみ
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海の上に、白い入道雲が浮いていた


昭和50年、8月

兄の車に揺られ、少年は心細そうな顔で流れる町並みとその向こうの海を見ていた。
これから一月のことを心配しているのだろうが、少年はそれを口にしようとは思っていない。


「腹は減っておらぬか。船旅の前にトイレには行かねばな」

「わかっている」


兄、吉継はちらりと少年――佐吉の顔を盗み見た。口角は下がり唇が真一文字に結ばれている。顔も目線も珍しく下を向いていた。


やがて港に到着し、佐吉がトイレから戻ってきてから船頭に挨拶をしにいく。
船頭はにこりと笑い佐吉の頭を撫でた。


「われは一緒にいけぬゆえ、これを頼みます」

「お任せください。無事に富海まで送り届けます。(うわぁ、わしすごい睨まれてる…)」

「ほれ、佐吉。船頭の立花殿だ」

「――こんにちは」

「よいか。船では暴れてはならぬぞ。気分が悪くなればこれを飲むがよかろ」


吉継は佐吉の小さな手に透明のケースを渡した。なかには粉薬の密閉された袋が2つ入っている。
佐吉はそれを肩からさげた鞄にいれ、吉継をじっとみた


「………ぎょうぶ」

「?――おぉそうか」


膝をつき屈んだ吉継は腕を佐吉の肩幅ほど広げる。すると恥ずかしいのか、おずおずとではあるがそこに佐吉は飛び込んだ。
佐吉は吉継の服をぎゅっと握り、吉継は佐吉の背中をゆっくり撫でた。


「なに、ほんのひと月よ。向こうにはぬしと同じ頃の童もおる。仲良くしやれ」

「ぎょうぶが言うなら、ぜんしょする」

「ヒヒッ。さて佐吉や、船に積み込むゆえ荷物を寄越せ」

「じぶんでもっていく」


気を遣った船頭は明後日の方向をむいていたが、そのおかげで別の乗客に気付きいつのまにか2人から離れた所にいた。

小学生からしたら大きな荷物を持ちあげ船に乗り込む。


「では直に船もでる。見送りたいのは山々だがわれは用があるのでここまでだ」

「わかった。――いってらっしゃい」

「ぬしもな」


こうして小学生の佐吉くんを乗せた船は、潮館の港から富海の町へと出航した。

これからそこで1ヶ月過ごす彼にたくさんの出会いと冒険があることだろう
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