捧げ物
□○日本男児なら腰の低いたをやかな撫子を愛せ!
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親しい仲にも、礼儀あり。
過ぎたるは尚及ばざるが如し。
腹、八分目。
「間抜けな面して近づいてくんな!」
それは、日常の中で溜まりに溜まったストレスの爆発した瞬間だった。
○日本男児なら腰の低いたをやかな撫子を愛せ!!
前川はまったりと窓の外を眺めていた。
芋けんぴをぽりぽり食べながら、だ。
空は青く、高い高いところを飛行機が一直線の雲を作りながら通り過ぎていく。
しかし、前川は知っていた。
飛行機雲がなかなか消えないときは、大気の水分が多いとき。つまり、天気が崩れるかもしれないのだ。
「前川ぁ、松永来たぞー」
ボーっとしていると、そんな声がかかった。
親友の松永が来たとあって、前川はニコニコと振り返った。
が…
「前チン…」
やってきた松永の様子がおかしい。
いつも不敵に相手を見据える強気な目が、困ったように俯き加減に影をおとしているし、何より声に元気がない。
「マサやん、どしたの?」
明らかにしょぼくれている親友に、前川は驚いて尋ねる。
松永はしばらく、ウーンとか、いやぁ…とか、なんだか言いづらそうにしていたが、
「…モトの奴がさ…」
「モトやんがとしたの?」
「………最近…」
「うん……?」
松永はまた口を開くのを躊躇ったが、そっと前川に耳打ちした。
「愛してくれねぇ…」
「!!?」
前川は食べていた芋けんぴを喉に詰まらせかけた。
「げほっ、ゴホッ、ゴホッ」
「大丈夫か、前チン!?」
慌てた松永は前川の背中をさする。
「一体どうしたってゆうんのさ、マサやん!」
「え?何が?」
息苦しそうにしながらも訴える前川に、松永はただただキョトンとするばかりだ。
「なんで!?マサやんそんなこと気にしてた!?」
「そんなことって……!」
松永は急に顔を真っ赤に染めて、
「お、俺にとっちゃ、大事なことなんだよ…!」
恥ずかしそうに、しかし真顔で言う松永に、前川は驚きながらも少し感動していた。
なんだかんだで、マサやんはモトやんのこと大好きなんだな……
しかし、松永の発言は、にわかには信じがたい。
いつもは本山の方が「マサやんが愛してくれなーいっ!」とべそをかきながらやってくるというのに。本山が松永を愛していないわけないと思うのだが。
「マサやんの勘違いなんじゃないの?」
「勘違いじゃねーよ。最近、笑ってすらくれねーし…」
真剣に悩んでいる松永を見ていると、これは結構深刻な問題なのではと思う。
「いつから?」
「3日くらい前から…かなあ…」
「原因は?」
「うーん…」
松永はしばらく考えていたが、
「…わかんねー…」
心当たりがないというように、溜め息混じりに呟いた。
「いつもみたいに野球して、いつもみたいに一緒に帰って、いつもみたいにくっついてきたから、いつもみたいに張り倒してやって、いつもみたいに別れてきた」
「そっか…」
松永の話は、本当にいつもと変わらない。しょっちゅう目にする光景に、前川にも原因は見出だせない。
「じゃあ、どうしてなんだろうねぇ…」
前川は芋けんぴを食べることも忘れて、考えこんでしまった。
と、そのとき。
「前チーン、古典の辞書貸してーっ」
今、話題に上っている男の、いつもと同じような声がした。
「!」
弾かれたように振り返る松永。
前川の席までやってきていた本山は、松永に気づくと、急にそのニコニコした表情を消した。
「あ、マサやんいたんだ」
「…おう」
「ね、ね、前チン、辞書貸してくんね?」
明らかに松永の存在を無視するかのように振る舞う本山に、前川も反応に困る。
「いいけど…」
「どうした、前チン!今日は元気ないね?」
「いや、別に元気ないわけじゃないけどさ…」
お前ら一体どうしたんだよ、と、訊いていいなら訊いてみたい。
しかし、松永と本山の交わらない視線の間に、冷たい壁が見えるような気がして、触れてはならないような気がして、前川は何も言えずにいた。
すると、
「お、お前がいつも辞書忘れてくるから、前チンも困ってんだよ」
松永がいつもと同じ雰囲気を作り出すように、言葉を発した。
マサやん……
一生懸命、本山と会話しようと努めていることがわかる。
なのに、
「ごめん、今前チンに訊いてんだよね」
本山は松永を見もしないで、さらっとそんなふうに片付けてしまった。
「…そっか」
松永は悲しそうに笑った。
「前チン、いいだろ?貸してくれよ」
「うおっ!?」
いきなり、本山は前川に抱きついた。
「わお、しかも芋けんぴなんて食ってるし!頂戴!」
「こら、勝手に食うな!」
勝手に残り僅かな芋けんぴに手を伸ばす本山に、あたふたしていると…
「…じゃあな、また部活で。前チンも、…裕史も」
敢えて元気よく笑って、松永は教室を出ていってしまった。
「……ねえ、モトやん」
「………」
「…………今、裕史って言ってたよね、モトじゃなくてさ」
「…だね」
「『だね』じゃないよ!一体何なんだよ!?ケンカしたわけ!?」
前川は本山の腕を振り払って怒鳴った。
「マサやん、すんごく悩んでたんだよ!?なんであんな態度とるわけ?可哀想だよ!」
親友があんなふうに落ち込んでいるのは、見ていると本当に苦しい。
本山との間に問題があったのならば、解決してほしいのだ。
しかし。
「マサやん、悩んでた?」
本山は、心底驚いたような顔をしている。
何をとぼけてんだ、こいつは…
「悩んでたよ!『最近笑ってすらくれない』って、凄くつらそうにしてさ!」
「本当の本当に?」
「本当だよ!」
「嘘じゃないよね?」
「嘘ついてどうすんだよ!」
いい加減イライラしてきて睨むと、本山は…
「…行ってくる」
「え?ちょ、モトやん!?」
いきなり真剣な表情をしたかと思えば、本山は前川の制止も聞かずに、教室を飛び出してしまった。
………。
なんだか疲れた前川は、ふーっ、と溜め息をついた。
と。
「まーえーちーん…」
背後から声がする。
振り向くと、狐のように細い目をした桐青のセンターが立っていた。
いつからそこに、なんて愚問はしない。そのかわり、前川はこの糸目に何を聞くべきかを知っていた。
「山ちゃん、モトやんは一体どうしたわけ?」
前川の問いに、山ノ井は苦笑した。
「ツンデレも過ぎるとキツイみたいよ?」
「…、そういうかんじなわけ?」
「そうそう、そういうかんじなわけ」
「…で、マサやんの気持ちが解らなくなって、あんな態度とって、試してたわけ?」
「そういうこと」
「………なんつーか、迷惑」
「恋なんてそんなもんよ」
山ノ井の言葉に、前川は肩の力を抜きながら、また芋けんぴに手を伸ばした。
おわり!
→おまけ(つづき)の本雅