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「……ックソッ…!!」


背の低い、紅色の髪をしたおかっぱは、近くにあったゴミ箱を勢いに任せて思い切り蹴った。

「そんな荒れんなや、岳人。」
中途半端に髪を伸ばした印象的な丸眼鏡がおかっぱを宥める。



完璧なダブルスだと思っていた自分達。
即席の、慣れていない、意思の疎通もままならないダブルスに負けるなど微塵も思っていなかった。



完全に打ち砕かれた自尊心。



油断が無かったとは思わない。
寧ろ、油断が相手に付け入る隙を与えてしまったのだと思う。
完璧だと、完全だと思っていたからこそ其処に出来てしまった隙。


丸眼鏡は冷静に分析を開始する。


「侑士は悔しくねーのかよ?!」
「そら悔しいなぁ。」


おかっぱは振り向き、ダブルスのパートナーに問う。
しかし、丸眼鏡は飄々としていて、真意が今一つ掴めない。

この男は何時もそうだ、とおかっぱは思う。
飄々とした態度で本心を隠し、やんわりと煙に巻いて相手を自分のペースに巻き込んでしまう。




「岳人の所為やあらへんよ。」



ふいに丸眼鏡が口にする。

おかっぱは、口にはださなかったが全て自分の所為だと思っていた。
何しろパートナーは「氷帝の天才」と評される程の実力者だ。


「俺が、俺が!ペース配分読み違えてなかったら!ヤツらに乗せられてなかったら…ッ!!」

悔しさのあまり、まるで泣いているかの様に搾り出した苦しげな声。


「俺の…俺の所為だ…。」


「そら違うなぁ。ダブルスは二人でするモンやで?自分一人で抱え込むなや。」

苦しげに告げるおかっぱに、丸眼鏡は諭す様に言う。


「ええか?岳人。負けたっちゅーコトは、もっと上に行ける言うコトやで?」
丸眼鏡はおかっぱに合わせ、少し視線を下げて言った。


俯いて何も言わなくなったおかっぱに、丸眼鏡は言葉を続ける。
「常勝無敗もええやろ。けどな、負けを知っとるヤツの方がもっと貪欲に上を目指して勝ちに行くコトが出来るんやで。」





「一度折れて、その後くっついた骨は、前よりもっと強くなるモンや。同じトコは決して折れへん。」





泣きそうな顔をしているおかっぱの頭をぽんぽん、と叩いて丸眼鏡は薄く笑う。

「せやからもっと上目指そ?二人でもう一回一からやり直せばええやん。俺らならもっと上行けんで?」


丸眼鏡の言葉におかっぱはすっと顔を上げた。



「俺。」


「何?」





「侑士の事が好きだ。」





おかっぱの突然の言葉に丸眼鏡は目を丸くした。
二人の間を、びゅう、と湿り気を帯びた生暖かい風が吹き抜ける。



「…俺も岳人のコト、好きやで?」

「ちげーよ!!愛してるっつってんだよ!!」

丸眼鏡は流石にこれにはいつものポーカーフェイスを崩さずにはいられなかった。



「…あんな…?そーゆーのは時と場所、選ばん?」

「んなもん知るかよ。俺が侑士の事好きだと思ったから言ったんだ。」


思いの外真剣なおかっぱの表情に、丸眼鏡は困惑を隠せずに居られない。
さっきまで泣きそうな顔をしていたのは何処のどいつだ、と心の中で思う。


「何度でも言う。俺は侑士の事が好きだ。二人ならもっと上、行けんだろ?」

「俺も岳人のコトは好きやけど…。参ったな…。」

「俺は侑士の事が好きで好きでどーしよーもねえ。自分のモノにしたくてたまんねー。」


煮え切らない丸眼鏡の態度におかっぱは痺れを切らし、思い切り背伸びをして、強引に口付けた。



「……!!!!」



「参ったか。お前はもう俺のモンだ。誰にも渡さねえ。誰ともダブルス組ませねえ。」

「…はは…。公私共にダブルス、っちゅーコトか?」

「そうだよ。文句あっか?!」



急転直下の展開に丸眼鏡は少々戸惑いはしたが、迷いは無かった。
本当なら自分が先にいうつもりだったのに、と言う言葉は飲み込んで。


「俺も岳人が好きや。お前以外のヤツとは考えられん。俺とお付き合いしてくれへんやろか?」

「好きだって先に言ったのは俺だろ?!」

「いや、せやけど男としてココは譲れんからなぁ。」


二人で顔を見合わせて、噴き出す。



「なあ、俺達、もっともっと頑張れるよな。」

「勿論や。二人でもっと上目指そうや。お前となら行ける気ィするわ。」


そう言うと、丸眼鏡は今度は自分が少し屈んでおかっぱに口付けた。



「…大好き。」

「俺もやで。」

おかっぱは丸眼鏡の腰に手を回し抱き締めると、小さな声で呟いた。


「試合には負けちまったけど、何かでっけーもん得た気がするよ。」

「せやなー。俺、手にいれたんやからなー。お買い得やったなぁ?」


バシッと派手な音を立てて丸眼鏡の背中を叩いて、おかっぱは背を向けた。




「今度は、勝とうな。」



背中越しに告げて、おかっぱはその場を後にしてしまった。



「全く…勝手やな…。」

一人取り残された丸眼鏡は髪をかき上げながら呟き、確かなモノを手にしたと実感した。



負けた悔しさよりも、更なる高みを目指せる希望を掴み、二人は其々の思いを胸に、互いの気持ちを通わせられた事に喜びを感じていた。




二人なら。

きっと。

もっともっと。

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