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□桜花
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春。
出会いの季節。別れの季節。
そのイメージのせいか、毎年この季節になると俺は何故かノスタルジックな気持ちになる。
そんなガラじゃない事は判っているけど。



春休みに入り、学校に来るのは部活だけになった。
4月になれば俺達は学年が1つ上がり、最高学年となる。
いわば、中学生活最後の春休みって訳だ。
まあ、まだあと1年あるから、実感など無いのだけれど。


休憩中、俺は正門近くの大きな桜の木を眺めていた。

しっかりと、どっしりとしたその幹。 
樹齢はどれ位だろう?



満開の桜の木を見上げて、俺はある人を想う。
2年掛かりでやっと手に入れた、誰よりも愛しい人。
今は隣を歩いてくれる大切な恋人。

桜はどこか彼の人に似ている。
その美しさ、
その儚さ、
その潔さ。
凛としていて、時に妖しく。
人を惹き付けて止まない所までも。



「乾。」
振り向けば其処には今、想いを馳せていた彼の人がそこに。

「こんな所で何をしている。休憩時間は終わりだ。」
「あぁ、悪い。桜を眺めている内に色々考え込んでしまってね。」
一時、愛しい人から目を離し、桜の木をまた見上げる。


彼もそれに習い、視線を上げた。


木々のそよぐ音だけが聞こえる。
まるで、此処だけが切り取られてしまったかの様に、
周りの雑音も、何も聞こえない。
此処には、愛しい人と、俺と、桜の木があるだけ。





ああ、神様。

このまま時を止めて下さい。





「…綺麗だな。桜の木の下には死体が埋まっているという話も強ち嘘では無い様に思える。」
そう小さく呟く君の横顔は、花よりもずっとずっと綺麗で。
…そんな事を言ったら君は怒るだろうか?


桜の木を見上げる君が余りにも儚げで、今にも消えてしまいそうだったから、
思わず抱き締めた。
その存在を確かめる様に。


「…ッ!!やめろ!何を考えている!練習中だぞ!!」
「そうだったね。じゃあ戻るとしますか? 部長さん。」


この温もりは確かなモノ。
決して、離さない。


「…それはイヤミか?」
「イヤ、頑張ってるなと思ってサ。」



次の桜が咲く季節も、その次も、その次もその次もずっとずっと。
桜花の様な君と2人で桜の木を眺めよう。


「世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし。」

「?」
「ねぇ、手塚。この歌の意味、判る?」
「生憎古典は得意分野では無いんでな。」
「じゃあ、後でゆっくり教えてあげるよ。」

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