karaの文

□プライベートミッション
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八城温泉旅館地下。──少し深いところ。

自室のソファの上で目を覚ましたシュバインは辺りを見回し息を吐いた。
テーブルには空の缶ビールが数本。毎日綺麗に掃除される灰皿には一晩でまた結構な量の吸い殻を溜めた。
ノートパソコンはもはや見たくもなくなったのか横に向けられているし、携帯端末に至っては開かれたままテーブルの下に転がっていた。
眠っていたソファに目をやれば、自分が頭を乗せていたのは脱ぎ捨てたままのジャケットとネクタイの上だった事に気が付いた。つま先に当たったタイピンを拾いネクタイに返した。

「随分と荒れたな……」
人ごとの様に昨晩の自分を振り返った。

その日の仕事も滞りなく済むであろうと思われた昨夜遅く。突然につまらない仕事が飛び込んできたのがいけなかった。
よそのしでかした不始末の尻拭い。こちらに何の得も無く、ただ無駄に人手と手間と急だけは要する迷惑な知らせだった。
お陰で自分の仕事は中断を余儀なくされ、やっと片を付けた深夜には精も根も尽き果て、後に残っていたのは多大なストレスとほんの微かな自賛、そして中断されていたやりかけの仕事だった。
幸か不幸か、翌日の──既に当日ではあったが──執務室への入室は午後からの予定。
一眠りして遅れは午前中に取り戻そうと算段を立て、自室へ引き上げたのだった。
部屋へ戻った頃には微かな自賛は他人への非難に形を変え、その結果がこの惨状。溜め息も出るというものだ。

改めて一本くわえ煙を吐けば、やっと頭が冴えてきた。

──仕事。

やらねばならない。出勤まであと数時間。ジャケットの内ポケットを探った。

──ん?

胸にも、両サイドにも。
「ねぇな……」
目を通すべきデータの入ったメディアが入っていなかった。
「……あ」

──デスクだ。

舌打ちした。執務室のデスクの引き出し。取り出す矢先に急を告げられそれきりだった。
取りに行くにはこの格好を正さねばならない。
組織内では基本として廊下は外に準じる公共の場。管理官様が寝起きのままワーキングスペースを歩くなど厳禁中の厳禁だった。
「面倒くせぇな……」
自然、誰かに届けさせようと考え及ぶがシュバインには秘書はいない。何でも自分で出来るからだ。元来人に頼み事をするのも好きではなかった。
しかし命令と称すれば喜んで駆けてきそうな男に思い当たった。

──アキラ。

「……は、駄目か……」
管理官の居住フロアにD級風情がおいそれと立ち入れる筈がなかった。このフロアに降り立つ為にまずパスが要るのだ。

──と、なると。

「……ねこさん」
シュバインは端末を拾い上げた。




───────

スーパー宇宙ねこと共に朝食中だったアキラのポケットで端末が呼び出し音を発した。
「ん?……んん!?」
表示されたのは一般構成員とは異なる羅列のID。一目でそれと分かる、管理官様からの着信を告げていた。

「シ、シュシュシュシュシュシュバインさん!!!?おおおおはようございます!!」
『ねこさんとかわってくれ』
「…………。へ?」




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