karaの文

□空ニ 触レル
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「清木、清木、きーよーきー」

びくり。
清木は呼び声に身を固めた。

「花見に行かんか」

「釣りでもせんか」

「花火が上がるぞ」

「月見に行こうか」

「雪見酒を飲もう」

よく飽きもせず年がら年中遊びに誘う。
そのくせ彼が仕事におざなりだと聞いたためしはなく、そうなれば自分も『忙しい』を言い訳に断るには分が悪い。
断るのは面倒臭い。黙らせるには渋々付き合うのが一番だった。一度付き合えばしばらくは黙る。

「清木ー」

びくり。
今日も清木は呼び声に身を固めた。

「今日は何の用だ」
「見ろ見ろ!デカい虹が出ている!」
指差した先には雨上がりの空。鮮やかな架け橋が青を彩っていた。

「……それを教えに来たのか?」
「あぁ。別に城から駆けてきたわけではないぞ?たまたまそばにいたのだ!邪魔をした。戻らねばならんのでまたな!」
息つく暇もなく行ってしまった。
まばたきの隙さえ与えず去ってしまった。
「おや、素晴らしい虹ですね」
「……そうか」
門弟の声には生返事だった清木だが、改めて弧を見上げた。すでに薄れ始めてやがて消えるのは明らかだった。

──さすがに虹を相手には「見に行こう」と言わないのだな……。

呼び声と同時にこの後さしあたって用事が無いことを計算してしまっていた為、ほんの少ぅしつまらなかった。






「清木」

今日は稽古に現れた。
渋る顔をして見せながら、清木は自ら相手に立った。
はた目には稀代の剣豪同士。鬼気迫る打ち合いであったろう。しかし清木当人には分かっていた。その差は歴然。




「はっはっ。清木が付き合ってくれると存分にやり合える。ありがたい」
決着は着けずに終えた。その笑顔に清木は歯噛みした。自分は乱れた息を隠すのに必死なのだから。

「私程度の相手で満足か」
二人になった道場で、清木は呟いた。
「おいおい、講武館師範の言葉か?当たり前どころか、贅沢な話だろうに」
「気遣いはいい。引き分ける程に手加減をして、それで満足なのかと聞いている」
「…………。すまん。だが俺は本当に満足だよ」
「本気で戦う場すら無く、それで満足と言うのか!お主ほどの武士が!」
清木の激昂に驚く様子もなく、返る答えは明快だった。
「本気で戦う場など無い。それに満足しているよ。戦は望まん」
清木の表情が口惜しさに歪んだ。
「清木。道場とは精神鍛錬の場であろう?力を付けることはすなわち自信を付けることで、技を磨くことで精神を研ぎ澄ます。そうだろう。殺し合いを学ぶ場ではない。強き心を養う場所だ」
眉根を寄せ俯いた清木。奥歯の軋みが聞こえた。
「ならば、ならば私は、いかに心弱いことか……!私は、お主に付いていけない。いくら追ってみても届かなかった!私はそれが口惜しい。どんなに追っても、お主はいつも、私を置いていってしまうのだっ……。お主ひとりに捕らわれて、脆弱な心はもう鍛えようもない……」
涙を堪えるように瞳が揺れた。言葉にすれば涙も溢れてしまう。唇を噛んだ。
「……清木?」
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