karaの文

□フレテイル
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夕げも済んだ静かな時間、下男が来客を告げにきた。
告げられた名に驚き直ぐに通させたが、有り得ぬ時間に有り得ぬ名。どうにも良い予感はしなかった。

「よほどの火急か、清木」
黙ったまま俺を見下ろすばかりの清木。座ろうとすらしない。
「……何か有ったか」
俺から立ち上がり側へ寄ると、清木は目を逸らして口を開いた。
「先日“粛清”した武士の、“妻”と名乗る女が今日、来た」
「……それで?」
「散々泣き喚いた挙げ句、“自分も殺せ”と言われた」
「……まさか、武士に楯突く女として、手に掛けたのか」
清木は、「まさか」と首を振った。
「“武士の妻、かくありき”と言った姿ではないか。自害をお勧めしたらお引き取り下さった」

俺はつい清木の襟を掴み上げていた。

「お主……、本気で言っておるのか」
「本気?私が冗談で命を口にすると思うか?」
相変わらず無表情に俺を見下ろしている。
「放せ」
掴んだ襟を投げ捨て清木に背を向けた。
「出ていけ清木。何を言いに来たか知らぬが、今は側にいたくない」
「乱暴だな。……冷たいではないか。折角、逢いに来たのに。…………“鉄叉”」
清木の指が背に、声が耳たぶに、触れた。
「…………。呑んできたのか」
両手の指が羽織の背を掴んでいた。額を肩に預け、「鉄叉、鉄叉」と虚ろに呟いている。

座布団に腰を下ろし清木の頭を抱いた。
「鉄叉……」
「もう良い。わかった。眠ってしまえ。屋敷へは使いをやっておく」

暫く撫でさすると、清木は俺を見上げ呟いた。
「鉄叉。お主は誰の為に命を捨てられる?」
「ん……、なるべくなら、大事な相手が良いが」
「それは……私では無いのだろうなぁ」
清木はぼんやりと笑っていた。
「いいや?それでお前が安らかに暮らせるならば、構わんよ」

清木は笑うのをやめた。
「そうか……。だが、そう思う相手は他にもおるのだろう」
浮気性を皮肉られているようで答えに困った。
「私は失いたくない。誇りも、お主も。もう何も無くしたくない。……お主の肌に、私以外の誰かが。お主の指が、私以外の誰かに、触れているのかと思うだけで気が狂いそうだ。……死にそうな程」
清木は俺の手を取り自らの唇の間に指を含んだ。舌先で爪をなぞられ、俺も清木の額に唇を押し当てた。


「……もう寝ろ」
濡れた瞳に少しばかり物欲しそうに見上げられたが。今夜は恋心より先に親心がもたげてしまった。
「おやすみ。清左衛門」






“狂いそう”か。嬉しいね。
俺はな清木。お前のことを“考えるだけ”で狂えるよ。


お前は知らぬかもしれないが。心配はいらん。


あぁ、初めて触れた時から俺はもう狂(フ)れっぱなしなのだ。







終 
→あとがき

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