幻想言表T

□悪魔に恋した少女
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 暗赤褐色の石の地面に、噴煙が止まっているような暗くどんよりとした空が広がっている空間。明るさなどなく、ただ割れた岩盤を流れる溶岩の燃える炎が灯火となっているだけだった。辺り一体には他には何もなく、石の地面と燃える溶岩と暗雲の漂う空が気味悪く存在していた。
 ここは地獄の一角。生命を宿すものなどなく、地獄の住人でさえもほとんど誰も来ることはない場所だ。
 そこに立つ3人の者たち。1人は人間の女、肩下ほどの茶色い髪に軽くウェーブがかかっている。地獄には不似合いなクリーム色の服装をして微笑んでいた。
 残る2人は黒い翼を持つ男たち。1人は両翼とも鳥のような黒い翼を持ち、腰ほどの長さの灰色の髪が、ローブのような黒っぽい服より明るく見える。女性の隣に立ち、達成感で満ちた表情でもう1人の男を見据えていた。
 もう1人は、片翼は鳥のような黒い羽、もう片翼はコウモリのような羽を持ち、吸い込まれるような漆黒の長い髪を1つに結っている。髪と同じ黒い服を着ているが、体は傷付けられてボロボロになっていた。片膝をついて、女を睨みつけている。

「志姫(-シキ)……どうしてお前はまた……っ!」
「うふふ、どうしてですって? あなたがわたしから離れたからじゃないの」
「それはっ! それは……お前の命が……」
「悪魔のくせに、今更何を言っているの? わたしが望み、わたしがわたしの命を使う。それのどこが悪いの? 契約の時、その覚悟はしたじゃないの」
「だからって、そこまで自分の命をすり減らしてまで、なんでまた悪魔と契約した?」
「アルシエル、あなたを手に入れるためよ? シャムシエルはあなたと似た力を持っているの。面白いでしょう?」

 その時にはすでに、志姫には人間の温かさが感じられなくなっていた。不気味でいて恐怖さえ感じる。生きているのかさえ怪しいほど生気も感じられない。人でありながら悪魔のような恐ろしさがある。自分の欲望だけに忠実で、自分の喜びの感情しか持ち合わせていないようだ。
 それなのに、彼女の瞳からは一筋の滴が零れ落ちた。

「志姫、涙が……?」
「あら、違うわよシャムシエル。これは喜びの涙よ。アルシエルが手に入るんだもの……こんなにもゾクゾクするほど嬉しいことはないわ」
「そうですか、それはよかった。では、そろそろ……」
「そうね、楽にしてあげなさい」

 シャムシエルは志姫に微笑み、頷いた。そのままアルシエルの前に立ち、そっと言葉を投げかけた。

「アルシエル、あなたに最期の情けをかけてあげます」
「こんなことで俺を手に入れられるとでも思っているのか!」
「思っているわ。あなたを殺せば、永遠にあなたはわたしのモノ。そうでしょう、シャムシエル?」
「ええ、その通りです。では、終わりにしましょうか。アルシエル、最期に言い残す言葉はありますか?」
「くっ……暗黒の神が黒き太陽と契約せし時、汝らを漆黒の闇が葬るであろう!」
「あはははっ! 暗黒の神? 黒き太陽? すべてあなた自身のことじゃないですか。最期の言葉がそれでよろしいんですか?」
「そんなことは気にしないでいいのよ。さあ、早く終わらせなさい」
「そうですね。では!」

 シャムシエルは片手を軽く握り、小さく何かを呟いた。すると、その手の中から眩いばかりの光が漏れ出し、球体になった。炎しか照らすものがなかった場所に、光の球体からの輝きが空間を一気に照らした。
 それをアルシエルにかざして言った。

「同族殺しって初めてなので、何も残らないかもしれません。恨まないで下さいね? これも志姫のためです。さようなら、アルシエル」

 シャムシエルから放たれた光の球体は、アルシエルにぶつかり弾け散った。一瞬、辺りは眩い白い光に包まれた。地獄では見られることのない日の光が広がった。
 アルシエルの居た場所には何もなく、アルシエルが居た痕跡すら何も残ってはいなかった。
 あとには志姫とシャムシエルの歓喜の笑いだけが広がった。


 人間は欲望が強い生き物だ。何かを欲し、それを手に入れるためにはあらゆる手を尽くす。諦めることなく、手にするまではどんな犠牲も厭わない(-イトワナイ)。それが人間という生き物の持つ“欲望”というものだ。何かを手に入れたい、自分のものにしたい、という欲は尽きることがなく、死ぬその時まで人は何かを欲し続ける。
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