現今言表

□夢物語T
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「いつまで寝てるの〜? 遅刻するわよ〜」
(んん……? 母さんの声……?)

 嘴神(-ハシガミ)学園中等部の三年生でこの話の主人公である武嶋渉(-タケシマワタル)は、いつものように母親に起こされた。
だが、まだ寝ていたいと心の内で思っているようで、身体を起こそうとしない。いつもは一度起こされればちゃんと起きるのだが、今日は起きるのが億劫なようだ。
 渉は学園でサッカー部に所属しており、昨日は地区で試合が行われた。昨日の試合疲れが取れていないせいか、まだ寝ていたいのだろう。
 母親はさっきよりも怒鳴り気味で起こした。

「こらっ! 早く起きなさい!! 遅刻するわよっ!!」

 渉はこれ以上、母親を怒らせてもいけないなと思いつつ、時計を見てみる。時計は七時四十五分と表示されていた。

(まだ大丈夫じゃん。もう一眠り……)

 渉は半目の状態で、また夢の中に戻りそうになった。だが、戻りかけた寸前の所で考え直した。

「まだまだ……大丈夫じゃねーっ! やっべ! 暢気に寝なおしている暇なんかねーじゃん!!」

 バタバタと慌てながら制服に着替えて準備をして、一階に下りた。
 すると、母親が呆れた表情で渉を見ている。

(……まったく。だから、夜更かしするなって言っておいたのに)

 渉は食卓に置いてあった食パンを銜え、学園ドラマのような一日の始まりだなと思いながらも玄関に走った。

「いっふぇきは〜す!」
「気を付けて行くのよー?」
「ふぁーい!」

 渉はとても力の抜けるような声を出し、家を出た。学校までのフルマラソンの始まりである。
 昨日の試合疲れが取れていないから寝坊したと自分では思っていても、試合が終わった後に夜更かしをしているのだから自業自得な結果である。

(このままじゃ間に合いそうにないから、近道するか? でも、ここの道を使うのは嫌なんだよな。……通ったことはないけど)

 そんなことを考えながら、人通りのまったくない桜並木の道に入った。この桜並木の道では、ある噂が立っていて人が来なくなってしまっていた。だが、渉はその噂を小耳に挟む程度しか聞いておらず、実際にはどんな噂なのかは知らない。
 その噂さえ抜きにすれば、至って普通の桜並木の道である。通れば学校のすぐ近くに出るので、近道には絶好な場所だ。
 ……よく分からない噂話に怯えて別の道を通り、遅刻して担任にお叱りを受けるのと、ただの噂話だと割り切ってこの道を通り、英雄として学校に向かうのと……どちらを選ぶのかは明白である。

(それに今更、引き返すのもな〜)

 初めて通る桜並木の道は、朝日が出ているはずなのに薄暗くてとても気味が悪い場所だった。確かに噂話の一つや二つ、簡単に出てきそうな妙な雰囲気を纏っている。
 渉は頭からそのイメージを振り払うかの如く、さらにペースを上げていった。
 すると、視界に古びた感じの小さな病院が現れた。壁にはつる草が伸びていて、所々ヒビが入っている所もある。地面を見れば芝生が伸び放題……恐怖を感じる要素がてんこ盛りである。

(……こんな所に病院なんか在ったんだな。それにしても、ボロい病院だ)

 と思いながら、病院の前を通り過ぎていくと、ふと一つの病室が目に止まった。他の病室はカーテンが閉まっているのに、その病室だけカーテンが開いていたからだ。
 そして、その病室には同い年くらいの女の子が居て、寂しそうに外の景色を眺めていた。

(か、可愛い……)

 渉はその女の子を見た瞬間、心の底からそう思った。だが、本当なら愛のキューピッドが現れて、渉のハートを打ち抜いているのだろうけど、そこまでの感情は生まれなかった。
 立ち止まって見とれていると、近くでキーンコーンと聞き覚えのあるチャイムの音が聞こえてきた。

「うっそ!? やっべ! 遅刻しちまう〜!!」

 渉は大慌てで学校に向かった。すると、学校の門の所に見覚えのある人が立っていて、渉に向かって叫んでいた。

「こら〜、遅刻するぞ〜。早くしろ〜!」

 正門に立っていた人は担任の仲崎(-ナカザキ)先生だった。
 渉は息を切らしながらも、チャイムギリギリで正門に滑り込んだ。

「武嶋、おはよう。今日はギリギリセーフだな。これからはもっと早く来いよ?」
「はぁ、はぁ……は、はい……」

 渉は昇降口までまた走り、急いで靴を履き替えて早歩きで教室に向かった。

(寝坊して遅刻しそうになって、今日は散々な日だな……)

 そんなことを考えながら、渉は教室に入った。
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