□■ ノベル ■□

□かぼちゃ・ぱにっく
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 来たる明日の為に、キッチンではみのるとカルマの二人が、準備に追われていた。
 お菓子、お菓子、お菓子、それにちょこっと甘くない物。
 見る見る内にダイニングのテーブルまで溢れ返った様々な料理が、すべてがハロウィン仕様だった。
 今までハロウィンなんて祝った事など一度としてなかったが、何故だか今年は盛大にパーティーをする事になったらしい。
 


 そんな訳で、玄関先から始まり、当然リビングにも施されたハロウィンの飾り付けが、ぐるりと部屋中を取り囲んでいた。
 出窓にも大中小のジャック・オー・ランタンが等間隔で並べられている。
 三角にくり抜かれた目と口が、手作り感満載で、多少いびつなのが御愛嬌ではあるが、それでもお化けカボチャに違いない。
 先程から信彦とシグナルとで、手に入れたばかりの新しいゲームに熱中していたのだが。
 何だか背後が気になって気になって、シグナルは画面と手元に集中できないでいた。
 元々、お化けや幽霊の類がとてつもなく苦手な質である。
 こんな、人相の悪いカボチャをメインに、コウモリや魔女、お化けなどをモチーフにしたイベントなんて、とてもじゃないがシグナルには耐えがたかった。

「あれ、どっかにやっていいかなぁ」

 ぽつりと零せば、隣りの信彦は非常に冷静だった。

「母さんに怒られていーならね」

 みのるの場合、怒られやしないかもしれないが、静かに諭されるのだ、きっと。
 むしろ容赦がないのは、その他の住人たち。
 こんなにも人数ばっかり多い家なのに、シグナルの味方になってくれる者は一人もいないのだ。
 普段味方になってくれる信彦がこれでは、尚更切ない。
 シグナルは周りを取り囲む飾りの事など頭から追い払って、テレビ画面だけに集中しよう、とテレビとの距離を少し詰めた。
 その後暫くは、無理やりゲームに意識を持っていっていたが、それも長くは続かず。
 気にしない気にしない、とぐるぐると念仏のように唱えながらも、それでもやっぱり気になるもので。
 両手はしっかりとコントローラーを握りしめ、巧みに手指を操りつつも、しきりにちらちらと後方に視線をやる。
 何度もうかがい見る内に、カボチャが小さく揺れた気がして、思わずコントローラーのスティックから指がずれた。

「ちょっと、シグナル!味方を撃つなよな!」

「あ…、うん。ゴメン」

 あまりに振り返り過ぎて、残像か何かがそういう風に見えただけなのか。
 もう見ないったら見ないんだ、と己に言い聞かせ、しっかりとゲームに集中しようとすれば、今度はカタッと小さな音がした。
 反射的にぱっと振り向けば、出窓に置かれたジャック・オー・ランタンとばっちり目が合ってしまった。
 しかも大中小の三つのカボチャが、ご丁寧にもシグナルだけをロックオンしている、ような気がする。
 ロボットなのに、背中に嫌な汗が伝うのを感じて、ごくりと唾を飲み込んだ。

「い、今。音、したよな?」

「そーかなぁ?聞いてないけど」

 もう神経が尖りまくりでびくびくのシグナルとは違い、かちゃかちゃと必死にコントローラーのボタンを押している信彦はそっけない。

「したって、絶対したッ」

「それよりもこっち!」

 信彦は手が空いた隙に、胡坐をかいたシグナルの膝をぺぺんっと叩く。
 もうシグナルはゲームどころではなかったが、仕方なく、ゆっくりと身体を正面に戻そうとした。
 しかし、前を向き切る寸前、左の視界の遠くでカボチャがぐらりと揺れた。
 ビクリと肩をはね上げた拍子に、コントローラーが手の中から滑り落ちる。 
 今度こそ、絶対に動いた、本当に動いた。

「な、ななな、なぁ、信彦。い、今、動いたよな」

「何言ってんの、シグナル。動くわけないじゃん」

 まともにゲームに付き合わないシグナルに、いい加減答えるのも面倒臭くなったのか、信彦はあっさりと見放して背を向けるようにTVゲームに夢中になる。

「で、でも…」

 恐くて、恐くて仕方がなかったが、どーしても気になってしまい、また、そーっと後ろを振り返った。
 暫く見つめていたが、先程のように動くこともなく、今度こそ気のせいかと思って、ほっと胸をなでおろそうかとした時。
 一番右側の大きなカボチャが、ガッコンッ!と大きく揺れて、三角に切り抜かれた両目から、ズボッと人の手が突き出た。

「うっぎゃあぁあああ!!!」

「な、何!シグナル!!」

 真横で上がった突然の悲鳴に、思いっきりビックリした信彦が振り向いて見た物は。
 盛大にのびているシグナルと、その傍の床に転がる出窓に置かれていたはずのカボチャだった。
 そして何もなかったはずの、空中にあとひとつ。



「どうしたんだい、コレ」

「えーっと、ねぇ」

 家中に響き渡ったシグナルの悲鳴に、研究室にいた正信や信之介まで階下にやって来ていた。
 研究室はその用途の為に、防音とはいかないまでも四方を囲んだ壁は相当厚いはずなのだが、これではご近所にまで迷惑がかかっていると思われる。
 本来ならば貰いに行くはずのお菓子を持って、お詫びに行った方がいいだろうか、などと考えてしまう信彦だった。

「そーんなに驚かなくてもいーのにー」

 その信彦の頭の上で、間延びした声を発するのは。

「元凶はお前さんかい」

「やだなー、教授。ボクはなーんもしてないってー」

 けたけたと他人事の如く、楽しげに笑い声を上げているのは、言わずもがなのハーモニーだった。
 シグナルと信彦の二人っきりだったリビングに、突如として現れ、空中に浮かんでいた三人目。
 盛大な悲鳴を上げる羽目になったシグナルの悲劇の原因は、もちろんこのハーモニーだ。
 意図して驚かそうとした訳ではないのだが、たまたま、日当たりの良い出窓に、丁度良いサイズの中身がくり抜かれたカボチャがあったのがいけない。
 小さなハーモニーの体をすっぽり包んでくれる、収まりの良い寝床を発見し、ほんの少しだけとお昼寝していただけなのだ。
 まさか寝起きの行動が、あれ程までにシグナルを恐怖に陥れるとは、思ってもいなのだから。

「あーあ。白眼むいてるよ」」

 正信は、恐怖に引きつった顔で、全身ガッチガチに固まったまま床に転がるシグナルを憐れそうに見下ろした。

「写真にでも撮っとくかい?」

「むごい事を言うんじゃない、お前は」

「やだな、冗談ですよ」

 あははは、と軽やかに笑う正信に、本気でするつもりだっただろう、とはあえて誰も深くは追求せず。
 未だ意識が飛んでいったままのシグナルを、じみじみ不憫に思う信之介だった。
 このままだと当然、この場にこの家に住む全員が集合するのも時間の問題な訳で。
 そして、誰一人として、シグナルの味方になってくれる者はいないと、言っていたのも真実で。



 音井家住人のほぼ全員からと、それと住人だけには止まらず一部の地下空間で、この事をネタに今後暫くからかわれ続けるのだった。



...End... (2009/10/30)


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