□■ ノベル ■□

□不幸の手紙…?<1>
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 平和的な日常が続くとある日。
 しかしそれは突然、ぶち壊された。

「に、兄さーん!」

 学生は全国的に夏休みである8月の朝、とはいうものの昼近いのだが。
 長兄の始に言われて郵便ポストを覗きに来た末弟の余は、普段おっとりした彼からはらしからぬ慌てぶりで台所にいる兄達のもとへ駆け込んで来た。

「どうしたんですか、そんなに慌てて」

 かなり遅めの朝食(昼は昼で食べるところが竜堂家である。)の用意をしていた次兄の続が声を掛ける。
 余もそれに答えようとするのだが、余程焦っているのか口をパクパクさせるばかりで言葉が出てこない。
 それでも言いたい事を伝えるために、余は兄達に見えるように右手を突き出す。
 余の手の中には一通の封筒が握られていた。

「それがどうかしたのか?」

 広げた新聞の間から顔を見せた始は、何の変哲もないただの封筒に眉をひそめる。

「いいから、見てよ」

 少し落ち着いてきたのか、余の口から今度は言葉が発せられた。
 始は不審そうな顔を崩さぬまま、差し出された封筒を受け取った。
 それは模様も何もない真っ白い封筒ではあったが、どことなく良い品のように見えた。

「何だ、終宛じゃないか」

 表面には綺麗な字で『竜堂終様』と書かれていた。

「珍しいですね、終君にだなんて」

「そうだな。おーい、おわ」

 洗面所にいるはずの終に向かって始は大声で呼び掛けかけたが、差出人を見ようと裏を返したところで絶句する。

「どうしました、兄さん?」

「・・・・・・」

 今度は始が、続に向かってそれを手渡す。

「・・・っ!」

 そう、そこには。

「兄貴、何か呼んだ?」

「こ、小早川なつこ・・・」

「えっ、どこどこどこっ!」

 ひょっこり廊下へと続く戸口から顔を覗かせた終は、続の呟いたおぞましい名に3メートルばかり飛びずさった。
 それも無意識の内にというところが、如何に例の女性に良い思いを抱いていないことがわかる。
 続は無言で終に近づき、無表情のままその手紙を無理矢理終の手に握り締めさせる。

「どうやらラブレターの様です。よかったですね終君」

「よくないっ!」

 と言うか、何故ラブレターだと決め付けるのだ。
 終は握り締めさせられた手紙に視線を落とす。確かに表面には終の名が記されていた。
(だいたいこういう類は続兄貴の役割じゃんかーっ)と、内心毒付いてみるが後々が恐ろしいので口にはしない。

「これってやっぱり開けるべき?」

 どうも終一人では判断しかねて長兄の顔を窺い見る。

「・・・一応は見るべきだろうな」

 渋面のまま始は彼らしい返答をする。これが続なら即刻ごみ箱行きだろう。
 終は手紙を取り敢えずダイニング・テーブルの上に置いて、リビングにペーパーナイフを取りに行く。いつもなら手で破って開けるのだが、何故だかこの手紙は慎重に開ける方がいいように思えたのだ。
 差出人が差出人なだけに。
 ものの十数秒と経たず終が台所に戻ってきた。しかしながらその足取りは重そうである。

「ねぇ、やっぱりラブレターなのかな」


「んなの冗談に決まってるだろ。気色悪いこと言うなよ余」

 口では否定してみせるものの、終も不吉な考えから抜け出せないでいた。
 只でさえ自分宛に手紙が来たというだけでも十分不吉なのに、もし内容が続の言うようなものであったらなら、あまりの衝撃にさすがの終も立ち直れるかどうかあやしいものだ。
 心の内で神様仏様貧乏神様に両手を合わせ祈りつつ、注意深く封を開けていく。
 封筒の中には、同色の便箋が一枚。
 どうやらカミソリの様な類は入っていないようだ。だが当然、最悪の考えに一歩近づくことになる。

「ねぇ、何て書いてあるの」

 便箋を取り出したものの文面を見れずに固まっている終を、その後ろから覗き見しようと余が急かす。
 この手紙の中にどんな災厄が待ち受けていようと、兄の事とはいえ余にとっては所詮人事なので興味の方が勝っていた。
 まあ、人事でなくとも余の場合楽観的かもしれないが。
 それに対して年長組の二人は無言のままだ。長兄はこの後の事に頭を痛め、次男坊は自分でなくて良かったと安堵していた。
 終もずっと突っ立っている訳にもいかず、渋々、綺麗に三つ折りにされた便箋を開く。

「よ、読むぞ。『竜堂終様、直接お会いして伝えたいことがあります。共和学院裏手の公園にて、今週末の土曜正午にお待ちしています。小早川なつこ』 以上っ」

「・・・・・・」

「終兄さん・・・」

 一番上と一番下の兄弟はそれ以上言葉を発することが出来ない。

「まさか本当に当たるとはね」

 すぐ上の兄だけが冷静にコメントを返していた。

「続兄貴が最初に余計なこと言うからじゃないのかよ」

「あの時点で僕がとやかく言ったところで、手紙の内容が変わるわけないでしょうが」

 続は至極もっともな事を言う。
 次男坊と三男坊がぎゃいぎゃいと言い合う中、沈黙を保っていた余が誰とも無しにぽつりと問う。

「ねぇこれ、本当にあのおばさんが書いたのかな」

 余の疑問に騒いでいた二人の声がピタッと止む。
 まあ確かに例の女性らしからぬ文面ではある。

「そ、そうだよなー、あのオバハンがこんな手紙なんて書くわけないじゃん」

 少なからずほっと胸をなで下ろす終に、しかし続は容赦がない。

「そんなもの、代筆に決まってるでしょう」

「おい、続・・・」

「もちろん本人のわけがないですね。数いる手下共にでも強制的に書かせたんじゃないですか」

 自分にではないのがかなり嬉しかったらしい。
 すっきりしたとばかりに、続は言うだけ言うと、何事も無かったかの様に朝食の支度に戻る。

「あ、兄貴」

 さすがの三男坊も今度ばかりは長兄に頼るしかない。

「・・・まあ土曜まで日はあるし、深く考えるな。終」

 こちらも珍しく、始には歯切れの悪い返答だった。




 そして指定された土曜日。
 昨晩あまり眠れなかったらしく、終は背後にどんよりとした重たい空気を背負って兄弟のもとへ姿を見せた。
 その様子に始は一人で行け、とはさすがに言えず、

「取り敢えず皆で行って、俺達は茂みにでも隠れているか。本当に例の女性が現れたら、その時はその時だな」

 と言わざるを得なかった。



...NEXT...(01/08/08)


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