□■ ノベル ■□
□どうか…。
1ページ/1ページ
「ねー、佐野ー。何か飲む?」
「何か飲むって、自販機か?」
「んーん、給湯室。自分で淹れんの、どうする?」
「あーじゃあ、ブラックのコーヒー」
「OK、わかった。甘々だねvv」
「おい、芦屋。なんでそうなるんだ」
「やだな、冗談だよ。んじゃ、行ってきまーす」
「・・・・・・妙にハイテンションだな、アイツ」
街の雑貨屋さんで、わずかなバイト代をはたいて買った。
ガラスのティー・カップ。
どちらかと言うと、ティー・カップと言うよりマグ・カップの様な、円柱形のどこにでもあるカタチ。
だけど、持ち手が天使の羽根をかたどっている。
少し前からウィンドウの中にあるのに気が付いてた。
欲しくて欲しくて、直ぐにでも自分のモノにしてしまいたかったけど。
一目惚れだったけど、でも買えなかった。
ふたつ並んだ大きさの違うソレは、『ペア・カップ』だったから───。
ふたつで使わなければ、意味のないものだから。
学校の帰り道、ウィンドウの中の「その存在」を、横目で確かめながら通り過ぎた。
毎日まいにち、そこから無くなってしまわない様に、と。
「あーっ芦屋、こーんなとこにいたっ」
「へ? ああ、うん。中央くんこそ、オレに何か用?」
「用も何も、君に渡すモノがって、コレ・・・!」
「コレって、これ?」
「角の雑貨屋だろ。僕も目ェ付けてたのに、このカップ」
「ゴメン、中央くん。さきに買っちゃった」
「まーいいけどさ。難波センパイ、使ってくれなさそうだし」
「あは、あははは」
「んじゃーね、ってそうだ。コレ、君にあげるよ」
「?? コレって・・・」
「今日くらい、いいんじゃない。 使えば、ソレ?」
「うん! ありがとう、そうするよ」
手の中にある、ふたつの『カップ』。
本当の意味。どうか、気付かないで。
お願い、今日だけは。
「おっ待たせー!」
「何やってたんだ。ずいぶんと遅いお帰りだな」
「まーまー、文句言わないの。はいっ佐野」
「サンキュー。て、おい、芦屋・・・」
「ん? なーに、佐野?」
「コレ、何かすっげ甘ったるい匂い、するんだけど」
「大丈夫だよ、甘くないから。ほら、飲んだ飲んだっ」
「・・・・・・」
「どう? 美味し?」
「まあ、甘くはないわな」
「なら、いーじゃん。問題ナシvv」
「でもコレ何なんだ? 知ってる味の様なカンジなんだよな」
「だから佐野、美味しけりゃいいじゃんよー」
「紅茶っぽいけど、それにしては色が濃いし」
「んもー、佐野ってばっ!」
そうそう、それはね。
教えたい。言いたいけど、でも言えないんだ。
中央くんからのおすそ分けの、『チョコレート』味の紅茶。
一年に一度の大切な日。
───St.バレンタイン・ディ───
『チョコレート』と『ペア・カップ』。
そのふたつに込めた「アタシの気持ち」、気付いて欲しい。
今日という日くらい、「あなた」に届いて欲しい。
でも、気付かないで。
この「シアワセ」を失いたくないから。
まだ、もう少しこのままでいたいから。
───お願い、気付いて欲しい。
だけど、どうか、気付かないでいて───。
...End... (02/02/10)