□■ ノベル ■□

□どうか…。
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「ねー、佐野ー。何か飲む?」
「何か飲むって、自販機か?」
「んーん、給湯室。自分で淹れんの、どうする?」
「あーじゃあ、ブラックのコーヒー」
「OK、わかった。甘々だねvv」
「おい、芦屋。なんでそうなるんだ」
「やだな、冗談だよ。んじゃ、行ってきまーす」
「・・・・・・妙にハイテンションだな、アイツ」



 街の雑貨屋さんで、わずかなバイト代をはたいて買った。
 ガラスのティー・カップ。
 どちらかと言うと、ティー・カップと言うよりマグ・カップの様な、円柱形のどこにでもあるカタチ。
 だけど、持ち手が天使の羽根をかたどっている。
 少し前からウィンドウの中にあるのに気が付いてた。
 欲しくて欲しくて、直ぐにでも自分のモノにしてしまいたかったけど。
 一目惚れだったけど、でも買えなかった。


 ふたつ並んだ大きさの違うソレは、『ペア・カップ』だったから───。


 ふたつで使わなければ、意味のないものだから。


 学校の帰り道、ウィンドウの中の「その存在」を、横目で確かめながら通り過ぎた。
 毎日まいにち、そこから無くなってしまわない様に、と。



「あーっ芦屋、こーんなとこにいたっ」
「へ? ああ、うん。中央くんこそ、オレに何か用?」
「用も何も、君に渡すモノがって、コレ・・・!」
「コレって、これ?」
「角の雑貨屋だろ。僕も目ェ付けてたのに、このカップ」
「ゴメン、中央くん。さきに買っちゃった」
「まーいいけどさ。難波センパイ、使ってくれなさそうだし」
「あは、あははは」
「んじゃーね、ってそうだ。コレ、君にあげるよ」
「?? コレって・・・」
「今日くらい、いいんじゃない。 使えば、ソレ?」
「うん! ありがとう、そうするよ」



 手の中にある、ふたつの『カップ』。
 本当の意味。どうか、気付かないで。


 お願い、今日だけは。



「おっ待たせー!」
「何やってたんだ。ずいぶんと遅いお帰りだな」
「まーまー、文句言わないの。はいっ佐野」
「サンキュー。て、おい、芦屋・・・」
「ん? なーに、佐野?」
「コレ、何かすっげ甘ったるい匂い、するんだけど」
「大丈夫だよ、甘くないから。ほら、飲んだ飲んだっ」
「・・・・・・」
「どう? 美味し?」
「まあ、甘くはないわな」
「なら、いーじゃん。問題ナシvv」
「でもコレ何なんだ? 知ってる味の様なカンジなんだよな」
「だから佐野、美味しけりゃいいじゃんよー」
「紅茶っぽいけど、それにしては色が濃いし」
「んもー、佐野ってばっ!」



 そうそう、それはね。
 教えたい。言いたいけど、でも言えないんだ。


 中央くんからのおすそ分けの、『チョコレート』味の紅茶。


 一年に一度の大切な日。
 ───St.バレンタイン・ディ───


『チョコレート』と『ペア・カップ』。


 そのふたつに込めた「アタシの気持ち」、気付いて欲しい。
 今日という日くらい、「あなた」に届いて欲しい。


 でも、気付かないで。


 この「シアワセ」を失いたくないから。


 まだ、もう少しこのままでいたいから。



───お願い、気付いて欲しい。
         だけど、どうか、気付かないでいて───。



...End... (02/02/10)


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