□■ ノベル ■□

□限りある日
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「雪って寒くないわよねぇ」

「はぁ?」

 窓の外を眺めながら訊ねたセリフに、返ってきたのは間の抜けた声で。
 クリスは、その声を発した人物を振り返り、

「訊いたアタシがバカだったわ」

 と、ため息と共に吐き出した。

 何をするでもなく、クリスのベッドに腰掛けていたパルスは、不機嫌そうに顔をしかめた。

「人を馬鹿呼ばわりする前に、お前の語学力を何とかしたらどうなんだ。
 言っている意味が、私にはわからん」

「なっ、失礼ね。今じゃあ日本人より日本語上手いわよ。
 言葉通りの意味じゃない。雪が降ってる方が寒くないでしょ」

「寒いから雪が降るんだろうが」

 理解できないアンタがバッカなんじゃないの、と馬鹿の部分を強調して言ってやって。
 プィとパルスから顔を背けると、窓の外の景色へ視線を戻した。

 室内灯が窓ガラスに反射して、鏡の様にクリスの後ろにいるパルスを映し出している。
 クリスは外を見ているフリをしながら、その姿を見つめた。

 いつもいつも、どうしてこうなるんだろう。
 別に好き好んでケンカしたい訳じゃないのに、口を開けばいつもこんな調子で。
 これじゃあ、何のためにパルスがここにいるのかわからない。
 せっかく、二人きりになれたというのに。

 窓ガラスに映っていた姿が、ゆらりと揺れる。
 立ち上がって部屋を出ていこうとするパルスに、クリスは慌てて振り向いた。

「ちょっと、今のこと位で怒ったワケ?」

「別に怒っている訳じゃない」

 肩越しにチラリと振り返っただけで、すぐ視線を前に戻して。
 クリスの方を、きちんと見もしない。

「じゃあ何よ、話しも途中だし。第一、今下にアンタの居場所ないんじゃないの」

「下にないのなら他を探す。邪魔したな」

「待ちなさいよ」

 焦って言い縋るクリスに、出ていく直前吐いたパルスのセリフが悪かった。

 一瞬、何を言われたのかわからなくて。
 バタン、とドアの閉じられた音に、意識を引き戻される。
 無駄だと知りつつ、手近にあった枕を。
 ピタリと閉じられたドアに、力いっぱい投げ付けた。

「パルスの馬鹿っ!」

 乱れた呼吸を、荒く肩で息をして整えながら。
 パルスが出て行ったドアをキツク睨む。
 けれど、知らぬ間に瞳に浮かんだ涙が、視界をぼやけさせて。
 クリスは睨むことを諦めて、ベッドにころりと横になった。

 また、やっちゃった。
 今回は、いつもよりヒドイかもね。
 だけど、さっきのはアイツが悪い、絶対。

「パルスじゃなきゃ、意味ないのに」

 クリスは、クスン、と鼻を啜り上げる。

『話し相手なら、オラトリオに頼め』

 そう、部屋を出ていく時、パルスは言ったのだ。
 仮にも、彼女に向かって。

 パルスも、常日頃はオラトリオの事を苦手としているし。
 クリスとオラトリオが仲良さげに一緒にいたりすると、不機嫌になったり。
 アイツには近づくな、と、言っていた事もあったのに。

 それを進めるような事を言うなんて。
 ただ単に、売り言葉に買い言葉で。
 彼の本心ではないと、思ってはいるけれど。

「それでも、さっきのはナイでしょうが」

 お互いに頑固だし、それなりにプライドも高くって。
 どっちも自分から折れようとしないから、いつも長引くのに。
 よりにもよって、こんな日にケンカなんて。

「アタシってバカよね。人の事言えないわ」

 今日は、クリスマス・イヴ。

 恋人同士が、ケンカする日なんかじゃない。
 思いっ切り、楽しむ日なのに。

 夕食は、家族みんな揃ってのクリスマス・パーティーで。
 料理の用意やリビングの飾り付けに、邪魔になるからという理由で。
 みのるさんが、わざとパルスを押しつけてくれたのに。

 せっかくのチャンス、無駄にしてしまいました、みのるさん。

「素直になれる薬、なんてモノ。誰かプレゼントしてよ」




 後ろ手にドアを閉めると同時に、バスッ、とドア越しに振動が伝わってきて。
 中からクリスの声が聞こえたが、何を言っているかまでは聞き取れなかった。

 また、怒らせてしまった。
 今回は、どう見ても私の方が悪いのだろうな。
 しかし、事の発端はアイツのせいじゃなかったか。
 いやでも、最後のは、さすがにまずかった、と思うし。

 らしくなく、パニックに陥っているのだろうか。
 思考回路が堂々巡りにはまって、抜け出せないでいる。

 少し冷静になろうと、背中を扉に預けたまま、ずるずるとしゃがみ込んだ。

 どうしてこう、顔を合わせる度に、口を開く度に喧嘩になるのだろう。
 本当は、喧嘩なんてしたい訳じゃない。
 彼女と、一緒にいたいと思う。

 けれど、どこか引っ掛かるモノがあるのも事実で。

 ふと、頭の隅を横切るのだ。
 これは、プログラミングされた、作られた感情ではないのかと。
 これが自分の意志だという、確証がない。

 クリスを想う、この気持ちも。
 偽りなのではないか、と不安になる。

 クリスの艶やかに笑う顔を見る度に、その思いが強くなる。
 この彼女の笑顔を曇らすのは、自分ではないのかと。

 クリスを、真正面から見れないでいるのだ。
 彼女が怒るのも無理はない。

「私はどうすればいい?」

 ここで悩んでいた所で、答えなんか出ないのはわかっている。
 わかってはいるのだが。

「なーにやってんだ、パルス。こんなとこで」

 ますます頭を抱え込み、人工頭脳を働かせて唸っている所へ。
 研究室から出てきたオラトリオに、呆れられる。

「はっはーん、またお嬢さんとケンカしたな」

 よりにもよってこんな日になぁ、と。
 呆れ半分、同情半分といった感じで、バシバシと肩を叩かれた。

「うるさい、放っておいてくれ」

 手をひらひらと振って、どこかへ行け、と追い払うものの。
 ニヤニヤ笑いを浮かべたオラトリオは。
 逆にパルスを覗き込んで、こう言った。

「お前、忘れてるだろ。そこ、お嬢さんの部屋の真ん前」

 サァッと顔色を変え、直立に立ち上がったパルスを見て。
 オラトリオはブッと吹き出した。
 声に出してはいないものの、屈み込んだままで大きく肩を揺らしている。
 そんな兄の姿に、パルスはムッと眉を寄せ、言い放った。

「笑うのならちゃんと笑え、オラトリオ」




 幾らベッドに突っ伏して考えていたところで。
 当然、答えなんて、出るわけもなくて。
 年に一度の、貴重な時間が過ぎてゆくだけで。

 いつまでも悩んでるなんて、アタシらしくない。
 後になって後悔しないように。
 今、行動すべき、だ。

 一言、ゴメンね、って。
 先に言ってしまえば、それでいいんだから。

「アタシから折れてあげるんだから、感謝しなさいよね」

 ヨイショ、と掛け声を掛けて、ベッドから起き上がった。
 立て掛けてある鏡で、全身の乱れをチェックして。
 最後に、鏡を覗き込んだ。

 涙の痕なんて、残せない。

 一通り、チェックを済ませて。
 どこから探そうかな、と部屋のドアを開ける。

『ゴンッ!』

「え?」

 勢いよく開けた、と思ったドアは。
 鈍い音と共に、3分の1程開いたところでつっかえた。
 ツイ、と視線を足下に滑らすと、ドアの向こう側には見慣れたアイボリー色。

「なに、やってんの、アンタ達」

 ドアの隙間から廊下を覗くと。
 にこやかに片手を上げるオラトリオと、うずくまるパルスの姿があった。
 パルスが頭を抱えているところを見ると。
 どうやら今の音は。

「ええ、そりゃあもう、キッレーにヒットしました。
 つか、立っててどうやったら後頭部に当たんのか、不思議だけどな」

「やっぱりバカじゃないのよ、アンタ」

 上から見下ろして、冷たく言い放つクリスに。
 さすがにパルスも反論できない。
 頭の打ち付けたところの痛みも伴って、唸るばかりだ。

「ま、それは置いとくとして。ちょっと話しがあるんだけど」

「オレにっすか?」

「んな訳ないでしょ」

 アンタと話すことなんて何にもないわよ、と冷たくオラトリオをあしらって。
 パルスのひとつに束ねてある髪を、グイと引っ張ると。
 クリスの部屋に入るよう、促した。





 パタン、と閉じられたドアを背に。
 気まずい、沈黙が流れる。
 お互いに、口を開くタイミングを計っているものの。
 どうにも上手く掴めず。
 ただ、無駄に時間が流れていくだけで。

 クリスは小さく息を吐き出した。
 いつまで、こうしていたって埒が明かない。

「アタシが悪かったわ」

 落ち着き無く彷徨わせていた視線を、パルスに合わす。
 沈黙を破ったクリスの声に、パルスも顔を上げた。

「別に好き好んでケンカしたい訳じゃないけど、仕方ないじゃない。
 つい、アンタとだとケンカになっちゃうんだもの」

 らしくなく、ポツリポツリとしゃべるクリスに。
 頼りなげにパルスも口を開く。

「あ、私もそう、なんだが」

 私の方こそ、悪かった、と。
 自分は、不安だったのだと。
 パルスはそう、続けようとした。

「だからゴメン。はい、以上終わり」

「は?」

 だのに。
 しんみりしていた雰囲気は、打って変わっていつもの調子で。
 はい打ち止め、といった具合に。
 口に仕かけた言葉を、クリスが止めた。

「は?、じゃないわよ。何アホ面して」

「あのな、そんな簡単に」

 自分にも何か言わせてくれ、とパルスが訴えてみても。
 アタシは聞かない、とあしらわれて。

「いーのよ、もう。それ以上ウルサイ事言わないの。
 てゆーか、言ったら追い出してやる」

 にぃっと口元を引き上げて、笑うクリス。

 ドアを背にして立つパルスをいい事に。
 紅い髪をふわりと揺らして、胸元に飛び込んだ。
 パルスは慌てて後退るも、ドアが邪魔で。
 躊躇しつつも、クリスを受け止める。

 無意識に、クリスの背に回りそうになった腕に気付いて。
 宙に浮いた、手のひらを。
 ぎゅっと、握り締めた。

「だって、年に一度きりの日なのに。いつまで、一緒にいられるか、わからないのに」

「クリス・・・」

「わかってるから。もう、何も言わないで」

 アタシは人間で。
 アナタは人形機械で。

 お互いに、限りのある生だけれど。
 その限りは、何時までなのか、わからないから。

 無意味に時間を費やしたくない。
 いつかきっと来る日に。

 後悔、だけはしたくないから。
 今を大切にしたい。
 これからの二人の時間を、大切にしたい。

 その日が来るまでは。



...End... (02/12/09)


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