□■ ノベル ■□

□髪飾り
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 みのるに着付けてもらった、初めての浴衣に。
 ひとり、自室の姿見の前で、くるりと回ってみる。

 洋装の国で育ったクリスにとって。
 日本の伝統である、和服、というものがとても新鮮で。
 ピシッと締められた帯の窮屈さも、なんだか心地よい。

 短めの髪をヘアピンですっきり纏めて。
 貰った、黄色い花のかんざしを飾る。

「これでヨシっと」

 もう一度、頭から足の先まで見直して。
 黄色い鼻緒に赤い刺繍を施した、慣れない下駄で。
 危なっかしい足取りで、階下へ向かう。

「おや、クリスお嬢さん。随分と魅力的に」

 大仰に腕を広げて、オラトリオは抱き付く真似をする。
 クリスは、しっしっ、と手の甲で追い払う仕草をするも。
 そこはやっぱり、どこか嬉しげで。

 僅かに紅く染まった頬に。
 彼としては真似だけでなく、本当に抱き付きたいと思うのだけれど。
 そんなことをすれば、容赦なく怒りの鉄拳が飛んでくるのは必須で。

 それに。
 目に見えて、不機嫌になる男が一人。

「こうゆうのってさ。馬子にも衣装、とかって言うんだっけ?」

 命知らずのシグナルが、余計な事を口にする。
 素直な感想なのだろうけれど。
 オシャレした女の子の前で、それは禁句。

「シグナルー。ひと思いにヤッてあげる」

 クリスは両手を前に出して、首を絞めるマネをしてみせた。
 オラトリオも悪ノリして。

「お嬢さんのお手を煩わせるまでもないですよ。代わりに俺が」

「んなっ。やっ、やめろー」

 オラトリオは言い終わる間もなく。
 シグナルを背後から羽交い絞めにする。
 きゅーっと、いとも簡単に首を絞められて。
 ギブアップ、と叫ぶ声も虚しく、シグナルはダウン。

 そんな光景を、クリスは笑って眺めながらも。
 本当は、心はそこになくて。

 視界の端に映る、ソファで寝たままのパルスが。
 すごく、気になって仕方がない。

 すぐ側で、こんなにも騒いでいても。
 起きる気配は、微塵もなくて。

 少しくらい、目を覚まして。
 アタシを見てくれても、いいじゃない。
 なんて、思ったりして。
 いっその事、叩き起こしてやりたい。

 じっと見つめていた事に、真っ先にオラトリオは気付いて。
 すぐ下の弟に近づくと。
 全開になっているオデコを、小気味良い音を立ててはたいた。

「オラ、起きろ。いつまで寝てんだ」

「・・・っ! 何をする、オラトリオ」

 オラトリオの容赦無い平手に。
 飛び起きたパルスは、戦闘体勢に入ろうとするも。
 軽くあしらわれて、まあ落ち着け、とポンポン肩を叩かれる。

「夏祭り、信彦はシグナルと二人で行きたいんだと」

「はぁ?」

 そんなこと、信彦は一言も言っていないのだけれど。
 ここは一肌脱がずしては、オラトリオ様の名が廃る。

「だからお前は、クリスお嬢さんのエスコート。しっかりがんばれよ」

 オラトリオはクリスを振り返り、ぱちんとウインクする。
 意味ありげな合図に、クリスは納得する。
 デートしてこい、と、そういう事らしい。

 さあさあ、と先を急かされて。
 二人して、背中を押し出される。
 パルスはまだ状況が把握しきれていない様で。
 並んだクリスに問おうと、頭ひとつ半は下にある、クリスに目をやると。

「その頭・・・」

 パルスにしては珍しく。
 眼を見開いて、凝視する。
 良く見慣れた赤い髪に、黄色い髪飾り。
 その髪飾りに、パルスは見覚えがあった。

「え? ああ、これがどうかした?」

 みのるに貰った、というクリスに。
 パルスは慌てて首を横に振る。

「いや、何でもない。早くしろ、先に行くぞ」

 そう、無愛想に言い放つと、スタスタと玄関へ足を進める。

「ちょっと、待ちなさいよ。急に何なの」

 その後を追ってリビングを出ていこうとするクリスを。
 パルスの姿が見えなくなってから、オラトリオが呼び止める。
 訝しむクリスを余所に、良い情報ですから、と。
 彼女に高さを合わせ、耳打ちした。




「何をそんなにヘラヘラしておるんだ。気味が悪い」

「何でもないわよ」

 なんて言いつつも、無意識に顔がニヤけてくる。
 出掛けに教えてもらった、良い事、を。
 頭の中でゆっくり反芻せずにはいられない。

『実はっスね。今お嬢さんがしてる、髪飾り。あいつが選んだんすよ』

 先週末に、街のデパートへ皆で買い物に出た時。
 小物売り場の前で、立ち止まったまま動こうとしないパルスを、みのるが見かけて。
 不思議に思って近づいた時、独り言なのだろう言葉を、偶然耳にした。

『アイツの赤い髪に、映えそうだな』

 それを手に取って呟くパルスが、あまりにも印象に強くて。
 その後、みのるがこっそり買っておいたのだ。

 オラトリオから聞いた時は、はあ?、なんて返してしまったけれど。
 思い当たる「赤い髪」の人物なんて、一人しかいない。

 何ともない振りをしてたけれど。
 一瞬、動揺を見せたのは、アタシの気のせいなんかじゃないよね。

 少しくらい、自惚れたって良い?

 そっと、隣りに並ぶパルスを窺い見ると。
 彼もこちらを見ていた様で。
 バッチリ眼が合った。

「ちょっ何よ、人のこと見て」

「さあな」

 先程とは逆に、今度はパルスが素っ気なく返す。
 けれど。
 作られた白い肌が、うっすらと赤く染まっていて。

 今度は、プッと吹き出して、声を立てて笑ってしまう。

「何が可笑しいのだ」

「べーつにぃvv」

 突然、腕を掴まえて、しっかりと腕を組んでやる。
 ひどくパルスは驚くも、その手を振り解いたりはせず。
 どうやら、満更でもない様子。

 初めて着た浴衣に、貰った髪飾り。
 隣りには、何よりも、パルスがいて。

 少しどころか、盛大に自惚れたって構わないでしょ、今日位はね。



...End... (02/08/14)


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