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□ひとひら。
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 軒を支える柱に頭を預けて、見るともなしに空を見上げていた。
 灰色の雲が空一面を覆い隠し、澄んだ青は見えない。



 −ひとひら。−



「何してるんだ、こんな所で?」

 ふと後ろから掛けられた声に振り向くと、彼が立っていた。
 彼の屋敷内ではよく見られる、藍色の和服姿で。

「別に、何もしてないよ」

 首を横に振る私に。
 彼は並んで、縁側に腰を下ろした。

 さわさわ、と音を立てて。
 朝から降り続けている、雨。
 昼を過ぎた今も、まだ止まない。

「陽が出てないと、まだ冷えるだろうが」

 私の手に触れた彼が、あまりの冷たさに一度手を引いて。
 けれど直ぐに、彼の暖かい手に包まれた。

「止みそうにないね」

 今日は彼と、桜を見に行く予定だった。
 彼だけが知る秘密の場所に、二人で行く事にしていた。
 雨が降ったりなど、しなければ。

 さほどの雨でなければ、大丈夫だろうと思っていたけれど。
 生憎と、地に落ちた雨が跳ね返って、足を濡らす程には降っていて。
 だから今日はこうして、屋敷の中から空を見上げるだけ。

 この雨で、花は散ってしまっただろうか。
 ここの所、随分と暖かくなってきていたというのに。

「来週は、見に行けるかな」

 ぽつり、と呟く私に。

「桜の季節はこれからだから、まだまだ見れるさ」

 彼はそう言って、腕を回して私を引き寄せた。
 じんわり、と彼に触れた部分から、温もりが伝わってきて。
 かなり体が冷えていた事を知る。

「そうだよね。でも、やっぱり残念」

 尚も渋る私に、くつくつと彼が笑う。
 二人の距離が近くなったせいで。
 彼の息を直接肌に感じて、何だかこそばゆい。

「花が見られないのは、残念だったが」

「ん?」

 低い、囁く様な声に、彼の言葉が聞き取れず。
 彼に頬を寄せてみれば。

 耳元にあった彼の口唇が。
 すぅっ、と肌を滑る様に、首筋を降りてゆき。

 辿り着いた先の襟元が、ちくり、と痛んだ。

「・・・っ!」

 突飛な彼の行動に、目を見開いて彼を振り返ってみれば。
 口端を上げて、にやり、と笑う彼と目が合って。

「俺は、これで十分だ」

 無意識に、痛みの発した部分に当てていた手に。
 彼は自分の手を重ねて、そっと、私の手を外して。
 熱を持ち始めた、彼自身が付けた印を指先でなぞる。

 白い肌に浮かび上がった、その痕は。
 ふわり、と淡い、朱い色をしていて。

 それはまるで、散った、桜の花弁の様で。

 彼は再度、同じ場所に。
 今度は口唇を押し当てるだけの、接吻をした。

「こんなに近くで、桜見ができる」

 恥ずかしげもなく、しれっと吐く彼に。
 私は、口をぱくぱくさせるばかりで。

 どうしよう、身体が熱い。

「あの、ね」

 早鐘の様に、どきどき、と打つ心臓を。
 深く呼吸を繰り返し、何とか落ち着けて。

 漸く、喉の奥から絞り出した声に。

「どうした?」

 何て真面目に、そうに訊いてくるけれど。
 目は、笑いを納め切れていないよ、意地悪だね。

「・・・それじゃ、私が見れない」

 私はそれだけ言うと、彼の首に、するり、と腕を回して。
 広めに抜いてある、和服の首筋に。
 噛み付く様な、接吻。

 今度は彼が、目を見開く番で。
 にやり、と笑った私に。
 我に返った彼は、盛大に吹き出した。

 私と、彼の身体に。
 ひとひらずつの、桜の花弁。

 やがては薄れてゆく、その印が。
 消えてしまう頃には、二人で、本物の桜を見に行こう。



...End...


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