+ こみっく +

□雪にぬくもりを。
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 チラリと手元を見やると。
 腕時計の針は、午後4時を過ぎていた。

 昼頃から降り始めた雪が、木々を覆い隠し。
 眼に入る景色を、白く染めてゆく。
 吐く息も、雪の様に白くて。
 身に纏った赤いコートだけが、鮮やかな色を白い世界に落としていた。

 ただでさえ、人の少ない田舎なのに。
 雪の降る公園には、もちろん誰もいなくて。
 木の下で、雪を避けながら。
 一人、佇んでいた。

 こんな所で待ち合わせなんて。
 今更ながらに、するんじゃなかったと思うのだけれど。
 約束を交わした時は、雪なんて降ってはいなかったのだから、仕方がない。
 それに、なるべく人に会いたくなかった。

 今日位、二人っきりでいたいから。

 そう、思っていたのに。

「遅刻たぁいい度胸じゃないの」

 もう、約束の時間から三十分も待ちぼうけをくらって。
 いい加減帰ろうかな、と諦めかけていた時。

 良く見慣れた、アイボリーのコートが目に入った。
 彼の体格には不釣り合いな、小さな傘をさして。

「悪ィ、遅くなった」

 口ではそう言いながら、寄ってきた彼。
 けれどちっとも悪いだなんて、思ってなさそうで。

「あら残念ね。せっかく帰ろうと思ってたのに」

「あのな、またそーゆーイヤミを」

「だって、そうじゃない。こんな寒い中、待たせる?」

 おまけに雪まで止む気配はなくて。

 遅れるのなら遅れるで。
 携帯電話なんて、便利な物があるのだから。
 さっさと掛けてくればいいのに、と愚痴ると。
 そうも出来ない状態だったのだと、返ってくる。

 アナタがそう言うって事は、きっとの事。
 唯一無二のアナタの相棒、オラクル。
 彼だけには、絶対に敵わないのを。
 悔しいけれど、痛い程、知ってる。

「そう。なら、仕方ないわね」

 物分かりの良いふりをする。
 本音なんか、一切零さないで。

 むしろ。
 零してなんか、やらない、絶対。

「さすがに寒いわ。帰りましょっか?」

 こんな空模様を、想定していなかったから。
 身体も、心も。
 このまま、白い世界に、埋もれそう。

「今来たトコ、なんだけどな」

「風邪をひくもの」

 さらさら、と舞い降りる、雪も。
 肩に落ちては、跡形もなく姿を消し。
 じんわりと、濃い染みを残していく。

「ここを提供するからさ」

 そう言って、上質なコートの前を開いてみせた。
 確かに、暖かそうだけれど。
 今日みたいな日には、不格好。

「嫌よ」

 肩を並べられる、存在でいたいのに。
 共に歩める、存在でいたいのに。
 この大人と子供程の身長差が。
 二人の間にある距離を、示してるみたいで。

「親子、みたいだわ」

「違うっつーの」

 無視して、くるりと向けた、背中を。
 強引に掴まれて、抱きしめられた。
 優しく、そっと、包まれる。

 嫌なのに。
 この距離は、近くて、遠い。

「恋人、だろ?」

 不似合いな、甘い言葉。
 彼の口から零れ出るなんて、信じられない。
 けれど。
 少しだけ、寄り掛かってみても、良いはずよね。

「あったかい…」

 一人で待った、雪空の中。
 思ったより、冷え切っていたようで。
 触れた傍から、温もりが広がってゆく。

 今日が、今日なら。
 これが、ヤドリギの樹の下だったら、良かった。
 永遠を、誓えたかも、しれないのに。

「何か、言ったか?」

「ううん、何も」

 素直に、そっと身を寄せて、頬に触れたそこは。
 体温の高い、人肌、のようだった。


...End... (08/12/18)


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