+ くらっぷ +
□第4弾 オラトリオ
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「はっくしょいっ!」
盛大に聞こえてきたくしゃみに、視線を落としていた手元から顔を上げた。
くしゃみといえば、てっきり信彦かと思ったのだが。
それにしては低い声に目を向けると、そこには意外な人物。
鼻をすすりこそしなかったけれど、顰めっ面をしたオラトリオがいた。
「なんで、くしゃみ?」
人間であれば当たり前の現象も、この男には有り得ない事で。
「オレが知るか」
当の本人も変な顔をするだけで、当然原因など分かるはずもない。
「どこかバグったのかしらね」
「あのな、オレの体でそうそうバグってたまるか」
まあ確かに、どれだけの機密情報を抱えているのか計り知れないこの男が、そう簡単に異常をきたすとは思えないが。
ロボットのバグの見本がすぐ側にいるだけに、そこへ考えが至るのは仕方がない。
「だって、風邪なんてひかないでしょうに」
「風邪だけとは限らんだろうが」
自分でバグじゃないと言っておきながら、それ以外に一体何の原因があるというのか。
ロボットの彼らに、くしゃみ、などというプログラミングがされているとは思えないのだけれど。
「なにが?」
何だか嫌な予感に、思わず訊くのをためらいそうになったが、一応、訊いてみる。
そしたら、案の定。
「こーんな良い男のオレの事を、誰かが噂してるのかねぇ」
にまにまと、あご先に指を当てて、だらしのない顔。
音井教授の設計で、一応男前に作られたはずの顔が、見事に台無しだ。
「ふーん。あっそ」
半眼でその顔を眺めて、おざなりにそっけない返事を返す。
本当に、くだらないったらない。
「ちょっ、お前な。どこ行くんだ」
「付き合ってらんない」
開いていたノートPCをぱちん、と閉じると、それを小脇に挟んで、さっさとソファから立ち上がった。
部屋を横切って戸口に向かい、ドアノブに手を掛けながら。
「本気にバグる前に、教授にメンテしてもらったら? 私は手伝わないけど」
振り返ってそう言い残すと、バンッ、と勢い良くドアを閉めた。
物への八つ当たりは本意ではないけれど、これくらいで、この家のドアは少々壊れまい。
本来ならば、人の気も知らない、あの男自身に報復するべきなのだが。
そんな事をすれば、余計に喜ばせる事になるのは、目に見えているので。
無視、という、報復手段に出るために、早々に自室に戻って、しっかりと鍵を閉めた。
...End... (2010/08/17)