+ くらっぷ +

□第4弾 オラトリオ
1ページ/1ページ


「はっくしょいっ!」

盛大に聞こえてきたくしゃみに、視線を落としていた手元から顔を上げた。
くしゃみといえば、てっきり信彦かと思ったのだが。
それにしては低い声に目を向けると、そこには意外な人物。
鼻をすすりこそしなかったけれど、顰めっ面をしたオラトリオがいた。

「なんで、くしゃみ?」

人間であれば当たり前の現象も、この男には有り得ない事で。

「オレが知るか」

当の本人も変な顔をするだけで、当然原因など分かるはずもない。

「どこかバグったのかしらね」

「あのな、オレの体でそうそうバグってたまるか」

まあ確かに、どれだけの機密情報を抱えているのか計り知れないこの男が、そう簡単に異常をきたすとは思えないが。
ロボットのバグの見本がすぐ側にいるだけに、そこへ考えが至るのは仕方がない。

「だって、風邪なんてひかないでしょうに」

「風邪だけとは限らんだろうが」

自分でバグじゃないと言っておきながら、それ以外に一体何の原因があるというのか。
ロボットの彼らに、くしゃみ、などというプログラミングがされているとは思えないのだけれど。

「なにが?」

何だか嫌な予感に、思わず訊くのをためらいそうになったが、一応、訊いてみる。
そしたら、案の定。

「こーんな良い男のオレの事を、誰かが噂してるのかねぇ」

にまにまと、あご先に指を当てて、だらしのない顔。
音井教授の設計で、一応男前に作られたはずの顔が、見事に台無しだ。

「ふーん。あっそ」

半眼でその顔を眺めて、おざなりにそっけない返事を返す。
本当に、くだらないったらない。

「ちょっ、お前な。どこ行くんだ」

「付き合ってらんない」

開いていたノートPCをぱちん、と閉じると、それを小脇に挟んで、さっさとソファから立ち上がった。
部屋を横切って戸口に向かい、ドアノブに手を掛けながら。

「本気にバグる前に、教授にメンテしてもらったら? 私は手伝わないけど」

振り返ってそう言い残すと、バンッ、と勢い良くドアを閉めた。
物への八つ当たりは本意ではないけれど、これくらいで、この家のドアは少々壊れまい。
本来ならば、人の気も知らない、あの男自身に報復するべきなのだが。
そんな事をすれば、余計に喜ばせる事になるのは、目に見えているので。
無視、という、報復手段に出るために、早々に自室に戻って、しっかりと鍵を閉めた。



...End... (2010/08/17)


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ