+ くらっぷ +

□第3弾 オラトリオ
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音井家に滞在中はほとんど籠りっぱなしの研究室にも、休息時に陣取っているリビングにも姿が見えず。
どこに行ったのだろうかと、思っていれば。
自室に戻ったところで、ベッドの端にエンジの靴先が見えた。

「なんでいるかな」

自分とて居候の身で、この部屋も借り物だけれど。
一応部屋の主の許可なく、勝手に侵入しているこの男はどうしたものか。
しかも、閉め切られた空間は、むっとした熱気が充満している。

「よう。おかえり」

「おかえり、じゃないわよ」

部屋の中へと進めば、書類片手に人のベッドに腰掛けているのはオラトリオ。

「こんな暑い所に、よくいるわね」

朝はまだ過ごしやすい気温だったのだが、日が昇るにつれて汗が流れてくる程で。
ネットニュースでも、全国各地で夏日を記録したと流れていたのに。

「そういや、暑いな」

自身は排熱管理のコートを身にまとっているから大丈夫なのだろうけれど。
それでも、部屋自体の室温管理をしなければ、処理効率が悪いだろうに。

「窓くらい、開けたら?」

冷房を入れる程も室温は下がらないけれど、排気が出来るだけ全然違うはずだ。
案の定、押し開けた窓からは、日差しにそぐわぬ涼しい風が吹き抜け、体感温度が一気に下がる。
入ってきた風に、書類がぱらぱらとめくれ、オラトリオのマフラーがふわりとなびいた。
真夏、真冬問わず。
室内だろうが、屋外だろうが、いつ見ても、コートだけでなく、帽子とマフラーを常に身に付けたままで。
 外している姿を見る事は、それほど多くない。 

「マフラー、いらないでしょ」

「首は熱排出で重要だが」

そんな事は百も承知だが。
こんな暑い日にマフラーだなんて、見てるだけで苛立たしい。

「それで絞めてやりたくなるわ」

「おー、こわ」

マフラーの端を掴んで、ぐっと引っ張ってやれば、わざとらしく両手を挙げて見せた。

「室温をガンッガンに下げれば、コートも脱げるんだけどな」

「私が嫌」

少しくらいなら冷房もあった方が良いけれど、冷凍庫並みに冷やされては体調を崩しかねない。
 それに、拒否する理由はもう一つ。

「だろうな」

にやり、と笑って、分かってて言うのだ、性質の悪い。
冷やされた部屋の中で、ボディだけで排熱処理をする彼の肌が心地良いのが。
直接、口にした事はないけれど、知られている事くらい、自覚はしてる。
離れたくなくなっちゃうのが、嫌なんだよね、と。
小さくこっそりと、呟いてみた。



...End... (2010/05/07)


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