+ くらっぷ +

□第2弾 オラトリオ
1ページ/1ページ


屋台街の片隅で、アイスティーを前に頬杖をついて雑誌を眺めていた。
音井家は何かとドタバタしていて落ち着かないので、外に出る事も結構あったりする。
特に今は、シンクタンク内部で色々とあるらしく、それも相まって余計に外出が増えている。
何となく、流し読みしているところへ、傍らの茂みががさりと大きく揺れ、顔を上げればアイボリー色が転がり出た。

「こんな所にいやがった」

「ど、どうしたの…」

「どうしたもクソもあるか」

まさかこの男がそんな所から出てくるなどと予想だにもしなかったので本気でビックリした。
彼の弟達ならよくある事だけれど。

「ほら、行くぞ」

「は?な、なに…」

何事かとただただ固まっていれば、つかつかと傍に寄ってくると、がっつり右手首を掴まれる。
そのまま有無を言わせずに引っ張り上げられ、ベンチから無理矢理立たされた。

「説明はあとだ、ほら」

「ちょ、ちょっと待って」

自由な左手で雑誌を引っ掴むのが精一杯で、幾らも進まずとも、オラトリオが駆け出したのについていけずに足がもつれる。
歩幅はもちろん、互いの速度にも、このままでは埒があかないと思ったのか、何なのか。

「ひっ」

走っていた勢いを殺しもせず、ぐっと強引に腕を引っ張られた。
何がどうなったのか訳が分らぬまま、気付いたら彼の腕に抱え上げられていて。
片腕一本で腿の裏を支えられ、ともすれば荷物を肩に担ぎ上げる様だが、上半身が真っ直ぐ立っているだけまだましか。

「ちょっとややこしい事になったんだよ」

「だからって」

不安定に身体が大きく揺れて、どんどん景色が遠ざかる。
さながら、列車の最後尾に乗った様。
ただでさえ長身のオラトリオなのに、その彼の頭より高い位置から見下ろしているのだから、これははっきり言って、恐い。
まさか振り落とされる事は無いと思うけれど、人間が走る速さの比ではないのだ。
しかも、後ろ向き。

「嫌ーっ、ちょっと!恐いんだって!」

「こんな時にほいほい出歩いてるお前が悪い」

抗議する声も風に流されて、まったく彼の耳には届いてないようだ。
否、届いているけれど、無視されてるだけかもしれないが。

研究室までの相当あるはずの距離を、ずっと、猛ダッシュするオラトリオの肩の上というのは。
とてつもない、恐怖を味わうもので。
当然、目的地に辿りついた頃には、震えて自分の足でなど立てるはずもなく。
吐き気が伴うほどの、気持ちの悪いものだった。 

「ホンット、悪かったって」

両手を合わせて謝ってきたところで、さすがに恋人にする仕打ちだとは、とても思えず。
暫くは、むっつりと口を閉ざし、片っ端から無視し倒してやる事にした。
けれどそれも、ほんの少しの間の事で。
甘いとは思いつつも、結局は長くはもたず、あの男を許してしまうのだ。



...End... (2009/12/06)


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ