□■ アンダァ ■□

□白イ色ノ記憶
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 日はとうの昔に落ちて、辺りが静寂に包まれる頃。

 明日も朝早くから撮影が入っているのは分かっていたけれど。
 だからといって一人でじっとしていることも出来なくて。
 オーランドはヴィゴのモーターホームを訪れていた。

 いつもなら二人並んでベッドに腰掛けたり、はたまた寝転がったりするのだけど。
 本来の主を備え付けのソファに追いやって、僕は我が物顔でベッドを陣取っていた。

「ねぇヴィゴ。いつもいつも、アナタは僕に何て言ってたっけ」

 不機嫌さを隠しもせずに、チラリと彼を見やった。
 ソファに身を埋め、まぶたを落としているヴィゴは、ピクリとも動かない。
 別に彼は寝ている訳でなく、疲労困憊といったその顔からは単に動くのが億劫なのだろう事が見て取れる。
 そりゃそうだろう、ついさっきまで病院で治療を受けていたのだから。

 オークとの戦闘シーンの撮影中。
 勢い余った折れた剣先が、彼の胸元へ直撃したのだ。

「人には危ない事はするなだとか、もっと注意力を養えとか、あれこれ言うくせにさ。
 台本にはない大立ち回りをして、挙句には怪我。
 その言葉、ソックリそのまま返してあげるよ、ヴィゴ」

「分かった。分かったから、静かにしててくれ。あとでなら何でも聞くから」

 口を開くだけでも傷に響くのか、彼はうめき声とも取れないことはない声で訴える。
 けれど僕は、そう簡単には口を閉じなかった。

「黙らないよ、黙ってやるもんか。たとえ僕の声が傷に響いて痛んだとしてもね」

 彼らしくなく苦痛に歪む顔に仏心が出なくもないが、そう言う訳にもいかないのだ。
 この胸の内をヴィゴにぶつけてしまうまでは気が済まない。

「確かにいつも僕は怪我が絶えなくて、あなたには心配ばかりさせているけど。こんな仕打ちってないんじゃない?」

「あのなオーリ、わざと怪我した訳じゃ」

「わざとしようもんならブン殴ってるよ」

 そんな事は十分分かってる、とヴィゴの言葉を遮る。

「僕はアナタが怪我をすることに免疫がないから」

「オーリ」

 僕は彼に向けていた視線を外して。
 膝の上で握った手を、只々見つめる。

「PJの声に振り向いたときには、血を流してうずくまるアナタが目に入って。
 頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなって」

「オーランド」

「このまま、アナタがいなくなったらって。僕の前から消えてしまったらって」

「オーリ、もういいから。ゴメン、私が悪かった」

 いつの間に傍に来ていたのか、ヴィゴがふわりと僕の頭を肩口に抱き寄せた。

 丁度目線の高さに、ヴィゴの胸元。
 シャツを羽織っただけの、真っ白な包帯が巻かれた胸。
 鼻に付く、消毒液の臭い。
 何かを思い出さずにはいられない、色。

「わかったから、もう泣かないでくれ。そんな悲しい涙を、私のために流さないで」

 音もなく、静かに涙を流す僕を、ヴィゴはいっそう強く抱きしめた。
 ゆっくりと優しく頭を撫でてくる。
 小さな子をあやす様に。
 僕を落ち着かせるために。

「アナタが僕の前からいなくなったら、僕は悲しみに暮れるだろう。
 エルフの様に、悲しみからアナタの後を追うだろう」

「ああ、オーリ。そんな恐ろしいことは口にしないでくれ」

 ヴィゴ、僕だってそうだ。
 こんな事、アナタに言いたくなんかないんだ。
 だけど。

 痛々しいほどの、白。
 僕は思い出すんだ、この忌々しいほどの白い色が。
 生きる道を失いかけた、怪我のこと。
 そして、父のこと。

「ねぇヴィゴ、約束して」

 フィと顔を上げると、彼の瞳にぶつかった。
 緑み掛かった、淡い青色。
 その瞳の中に、僕が映し出されているのを確かめる。

 ヴィゴはまだ僕の頬に残る涙を、右手の親指で拭った。
 左手で首の後ろを支えながら、優しく、そっと。

「僕を一人にしないで、僕を絶対に離さないで。
 ずっと僕の傍にいて、僕の前からいなくならないで、お願いだよ」

 アナタといれば、怖くないから。
 白い色を、恐れることも無い。

「ああ、約束する。いつまでも君と一緒だ、オーリ」

 ヴィゴは神に誓いを立てる様に。
 僕の額にひとつ、キスをした。

 この先、どんな事があったとしても、アナタと一緒にいたい。
 その気持ちだけは、変わらないよ。
 いつか現実が、二人の間の裂くことになっても。
 アナタを思う気持ちだけは、変わらないから。

 一緒にいよう、ずっと、どこまでも。



...End... (02/12/24)


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