□■ アンダァ ■□

□些細な距離だと。
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「あのな、鋼の。そうやって食べないから、いつまでも小さいままなのだぞ」

「っ!だぁれが豆つぶドチビかー!!」

「こらこら、食べ物を粗末にしない」

 危うく、ちゃぶ台替えしならぬテーブルクロス替えしをされそうになって、ロイは目の前の少女に気付かれないよう、そっと胸中でため息を吐いた。
 この子に”小さい”というキーワードは禁句だとわかってはいるのだが、いつか垣間見た彼女の線の細さに、つい口をついて出てしまうのだ。
 彼女自身の体重よりも重いのではないかと思ってしまう、機械鎧の右腕と左足。
 無機質な鋼の機械鎧と、柔肌の華奢な生身の身体とのアンバランスさが、未だ目の奥に焼き付いていて離れてくれない。

「文句を言っているうちは、まだまだ子供だな」

「ぐっ……」

 他者にやり込められるのに非常に反発する子ではあったが、ロイの言葉に口先まで出掛かった反論をなんとか堪えたようだ。
 小さい、と同義語なのだろう、子供扱いされるのも、とても嫌う。
 ロイから見れば、事実子供なのだから仕方がないのだが、大人達の中へ飛び込むしかなかった彼女には、大人への羨望と焦慮が強い。

「ほら、ちゃんと残さず食べる」

 やんわりと促されて、明らかに渋々という感はあったが、左手で握りしめていたフォークを再度動かし始めた。
 エドワードは比較的好き嫌いせず何でも食す方だったが、それでもごく一部の食材は見るのも嫌なくらいの物もある。
 その代表格は牛乳だったりするのだが、ホワイトシチューは食べれるのだから、よくわからない。
 フォークを口先にくわえたまま、四苦八苦しながらもごくりと飲み込む様を見て、ロイは思わず口元が綻んだ。
 不本意だろうが、うっすらと金の瞳に涙の膜がはっているのが見て取れる。
 ふたつ目、みっつ目と口に運んだところで、ロイはすっとエドの前に手を伸ばすと、まだ幾つか苦手な野菜が残った皿を取り上げると、自分の前の空になっていた皿と取り替えた。

「……大佐?」

 不思議そうな顔をして上目遣いで見上げてくる子供に、ロイは苦笑を返しつつ、すでに置いていたフォークを手にするとぐさりと刺して残りを口に放り込む。
 苦味が先に立つその野菜をさっさと咀嚼して胃の中に落とすと、静かにフォークを戻して替わりにワイングラスに手にした。
 大人の味覚にはクセになるその味も、子供にはまだ理解は難しい様だ。

「それだけ食べられれば、十分だろう」

 妻子を溺愛する親友とは違い、自分は子供の扱いなど、苦手中の苦手であったはずなのに、どうしてだかこの子に関しては滅法甘くなる。
 つい嫌味ったらしく厳しい事を進言する時もあるが、それも全て、エドワードの身を案じる故だ。
 それもこれも、少年であったはずだったのに、実は少女であったのだと、知ってしまってからは、特に。

「うぅ、あ…」

「なにかね」

 大人のさり気無い気遣いに戸惑いつつも、見栄と羞恥が先に立ち、素直に礼が言えない子供。
 そんな事は始めからわかっているので、強引に言わせるつもりは端からないけれど。
 一回り以上も違う年齢差や人生経験の差、自分の胸元にも届かない見た目の、歴然とした体格差。
 誰がどう見たところで、大人と子供だと言うのに、それでも、その差を埋めたいと思ってしまうのは、身勝手だろうか。
 徐々にで良い、一歩ずつ、階段を昇る様に。
 その階段の先が、一体どこまで続いているのかは、自分にも、そしてこの少女にも分かりはしないが。
 いつか、で良い。
 
「あの、さ…。アリ、ガト…」

 今にも消え入りそうなか細い声で、ぽそりと呟かれた言葉。
 わずかに俯かれたその顔は、決して日に焼ける事のない抜けるような白い肌に、ほんのりと朱がさしていた。
 共に二人で、なのか、それとも頂で待つのは、自分一人、なのかは知れないけれど。
 案外、目指す頂上は、そう遠くないのかもしれない。



...End... (09/05/25)


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