□■ ノベル ■□

□ホンキのホンネ。
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「クリスお嬢さんは本国へ帰らないんですかい?」

夕食後のダイニングから自室へ戻ろうとリビングの前を通りかかれば。
開け放たれていたドアの内っ側から、唐突に声が掛かった。

「はい?何がよ」

その魅惑的なハスキーボイスと、おちゃらけた口調で、その声の主が誰だかは分かってはいたけれど。
ぴたりと足を止めて、律儀にも振り返った。
何やらリビングのど真ん中で、テーブルの上を色んな物でごちゃごちゃにしている信彦の傍。
シグナルやらハーモニーやら、あ、パルスはソファに居るか、何せこの家のロボット達が集まっていた。

「何の話?」

くるりと体の向きを変えて、自分もその側へ寄ってみた。
近付いてみて、テーブルの上を埋め尽くしている物が何なのか、更に分からなくなった。

「何なのソレ?信彦」

「クリスマス会の準備ぃー」

色紙で折られた人形やら、ハガキ大のカードやら、果ては何やら怪しげなオブジェやら。
それのどこを見て、クリスマスに辿り着くかは、甚だ不明だが。
何となく、赤と緑の物が多いような気はする。

「で、オラトリオ。私がなんですって?」

信彦に合わせて、ラグの上に座り込むオニイサン方を、仁王立ちのまま見下ろして。
一番出入り口に近い位置にいた、話の脈略もなく突然人を呼び止めたオラトリオに訊いた。

「や、そのクリスマス。ご実家で過ごされないんすか?」

「どうしてよ」

「家族で過ごすもんでしょ、感謝祭から新年にかけては」

まあ、確かにそうだ。
まだ実家に居た頃は、誰しもが家族とニューイヤーを迎えていた。
どんなに、居心地の悪い、家だとしても、だ。

「帰んないわよ、今年は」

ただでさえ、帰りたくない家なのに。
折角、音井教授の助手という、居座っても良い大義名分があるのに、敢えて帰る必要もない。

「えっ!帰んの、クリスねーちゃん」

散らかりまくりのテーブルで、手指を必死に駆使していた信彦が声を上げた。
人の話を聞いてなかったのか、このお子様は。

「だから、帰んないっつってんの」

少しキツイ言い方をしたにも関わらず、あからさまに信彦はほっとした顔をした。

「クリスマスって家族で過ごすもんなの?」

また手元に意識を集中して、何やらちまちまと作り始めた信彦を横目に。
特に信彦を手伝うでもなく、胡坐をかいてゆらゆら揺れていたシグナルが、不意に話に入ってきた。

「過ごすもんでしょ」

「え、でも、テレビでさ、デ、デデ、デート特集、とか、してるよね」

平静を装いつつも、言い慣れない単語に、噛みまくりのシグナル。
そんなにデートが言い難いなら、訊かなきゃいいのに。
もしかして、あわよくばエララとでもデートできたらと、目論んでるのだろうか。
ただそれには、コードという、越えなければいけないとてつもなく高いハードルが、待ってるけど。

「そーだねぇ。日本じゃカップルの一大イベントだもんね〜」

ちゃっかりとシグナルの右肩をキープしていたハーモニーが、物知り顔でうんうん頷く。

「だよね」

同意を得られて、シグナルもほんの少し目を輝かせた。

「日本限定だけどな」

けれどそれも一瞬で、オラトリオが発した一言に、シグナルは疑問符がいっぱいの顔をした。

「そなの?」

「クリスマスの起源、調べてこい」

最新型の人工知能は、まだまだ情報不足らしい。
弟達にはめっきり冷たい長兄は、手をひらひらさせて一笑し、突き放した。



夕食も済ませて、個々それぞれに散っていった後の居間には。
色とりどりの電飾が眩しい、クリスマスツリーと。
信彦が必死になって作成していた、手作りのクリスマス・プレゼント。
そして、人間一人に、ロボットが一体。

「で、帰るのか?お前は」

「アンタ一体、何聞いてたのよ」

せんぞ寝ていたソファの枕元で、シグナル達と遣り取りをしていたというのに、呆れたとしか言い様がない。
寝惚けるのも大概にしたらどうなのよ、この男は。

「ここに居ちゃ悪いワケ?」

腰に両手を当てて、ソファに転がったままのパルスを、上から覗き込んだ。

「あ、いや。音井の人達が良いのなら、私が言う事は何もないが」

教授達が良いのならって、当然でしょ。
ここは音井信之介名義。
アンタに言われる筋合いなんて、最初っからないんだから。

「誰にもなんっにも言われてないわよ」

そんなに帰って欲しいのか、目の前のコイツは。

「アンタにはアタシがここに居る理由なんて、一生分からないんでしょうね」

覗き込むために屈めていた背を起こすと。
くるりと踵を返して、あっさりとリビングから退出しようとした。

「ちょっと待て」

「何よ」

しようとはしたけれど、はっしと掴まれたセーターの袖を放してもらえず、それ以上は進めなかった。
ちょっと止めてよ、袖が伸びるじゃないのよ。

「その、私が悪かった」

「あら、何が?」

何となく、口ごもって見せてはいるけれど、本当に悪いなんて、思ってるのかどうか。

「お前にも、帰りたくない理由くらい、あるだろうし」

「は?もっぺん言ってみて?」

「いや、だから。思えば、キム女史との仲は、あまり良くなかったな、と」

すかさず、パルスが枕にしていたクッションを引っ掴むと。

「ぶっ!!」

目一杯手首のスナップを利かせて、パルスの顔面に叩き付けた。

「馬ッ鹿じゃないの!」

叩き付けただけじゃ治まらず、そのまま両手でぎゅう、とクッションを押し付けた。
人間なら間違いなく、窒息死するだろう強さで。
けれどパルスはロボットだ。
これ位では、死にやしない。

「なっ!おま…っ!」

抵抗するのも構わずに、気が済むまで、押し付けたあと。
止めとばかりに、思いっ切り全体重を掛けた。

「ぐっ…」

「分かんないわ」

掴んでいたクッションを、ぽいっと放り出すと。
呆気ないくらい、あっさりと、踵を返した。
顔を見られて、思いもよらない本音を、探られたくなんかない。
戸口まで来てから振り返ると、びしっと人差し指を立てて、突き立てた。

「アンタには、絶対ね!」

自分でだって、認めたくないのに。
あながち、シグナルの言う事も外れてないのだから、腹が立つ。
帰らない理由に、この朴念仁が、含まれるなんて。

気に入らないわ、パルスのくせに。
リビングを出ると、足音も高く、自室へと急いだ。



...End... (2010/12/24)


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