□■ ノベル ■□
□贈り物
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「あ〜、やっぱり降ってるじゃないの」
常に閉まったままの窓の外を覗くと、今年初めての空からの贈り物が舞い降りていた。
たとえ都心ではめっきり珍しくなった雪とはいえ、小さい時から転校を繰り返し全国を回った事のあるあたしには珍しくも何ともないのよ。
唯一の暖房器具が電気ストーブ1台じゃ、たとえ四畳半の部屋でも寒いのよ。迷惑極まりないわ。
指先が悴んじゃってペンも持てないから、仕事が進まないったらありゃしない。
まあ差し迫って〆切もない、というか仕事自体が無い様な状態だから焦る必要もないけど。
その時、よく聞き慣れたエンジン音が窓の外から聞こえてきた。
その音はだんだん大きくなって階下でカタンとひとつ音を鳴らすと、今度はだんだんと音は小さくなっていった。
ああ郵便屋さんだわ、もうそんな時間なんだ。
毎日決まってお昼前に来るのよね、この寒い中バイクでご苦労様。
先程のカタンと鳴った音は、ポストに郵便物を入れたものだ。
もしかしてあたし宛かしら。書留や速達じゃないみたいだけど。
下まで取りに行こうかなとあたしは立ち上がり掛けたけど、もしあたし宛じゃなかったら無駄足だわ。この雪の中、もう一回下まで行くのは嫌ーよ。
もう少し日が昇って雪が止んだら覗きに行こう。
区切りの良いとこまで仕上げちゃいましょ。
暫くしてあたしはお腹が減ったのに気付き手を止め顔を上げると、机の上に置いてある小さな時計は12時を少し回った時刻を指していた。
案外熱中してたのね、もうこんな時間だわ。
あら、外も雪が止んでる。
ポスト覗いてからお昼にしよっと。
あたしは羽織っていたお気に入りの赤い綿入れの胸元をしっかりと合わせて玄関へ向かった。
無造作に置かれたサンダルを軽く引っかけ、ドアノブに手を伸ばしたところで電話のベルが鳴り響く。
「んもー、何よ」
戻るのも面倒だし無視しちゃおっかな。
あっでも担当の松本からかも。仕事の依頼だったら嬉しいなっ。
「はい、池田です」
「ようマリナちゃん、元気にしてたかい?」
「か、薫〜!」
あらやだホント、お久しぶり。ちゃんと生きてたのね。
久方ぶりの電話だからびっくりするじゃないの。
「それにしてももうちょっと早く出てくれ、何回コールさせる気だい」
なーによー、折角あたしが感動に浸ってるっていうのにその言いぐさは。
「悪かったわね。あいにくと部屋が広過ぎて電話まで到達するのに時間が掛かるのよーだ」
しっかと握った受話器にあたしが悔し紛れに叫ぶと、数秒間の沈黙の後遠慮のないバカ笑い。
そんなに笑うことないじゃないの。
どうせ六畳一間のぼろアパートだわよ。知っててそんなにウケるんじゃない。
「ま、そういう事にしておいてやるよ」
薫はひとしきり笑った後、まだ笑いの治まらない声で言う。
「んで、一体何の用?」
憮然としながら訊くあたしに、ああそうそう、とやっと笑いを引っ込めた。
「危うく忘れるところだった。もう手紙は見たかい?」
「手紙?手紙って?」
「やっぱりまだか。今日の午前中に着くように指定したんだけどね」
「あ、待って。今朝来てたのそうかも」
持っていた受話器を黒電話本体の横へ放っぽり出し急いで部屋を出た、までは良かった。
あたしは薫の電話に気を取られていてすっかり忘れてた、外は雪景色ってこと。
寒いっつーのよ、シバれるわっ。
霜が降りて半氷になったアパートの外階段を滑らない様に気を付けながら、一階にあるあたしの郵便受けまで走る。
所々錆びて塗料の剥げたえんじ色の郵便受けを、ギギッと音を立てて開けてみると中には白い封筒が一通入っていた。
それこそ雪の様に真っ白い、至ってシンプルなもの。
あれ?薫からの手紙って前はワインレッドだったわよね。好きな色が変わったのかしら、何だか白ってイメージじゃないけど。
「お待たせ。来てたわよ、あんたからの手紙」
「ああ、それなら良いんだ。じゃあまたな」
という薫の言葉を最後に、通話はブツッと一方的に切られた。
「はぁ?」
ちょ、ちょっと一体何なのよ!突然電話してきておいて用件はそれだけか、響谷薫っ!!
そのいい加減な性格何とかしなさいよ、今更だけど。
まあいいわ、取り敢えず開けてみよ、手紙。
あたしは手近にあったカッターで丁寧に封を開けると、中には二つ折りにされた同色のカードが入っていた。
カードの右下にはバラの花の模様がセンス良く型押しされていて、とっても上品。紙質も良い物みたいだし。
「今月24日午前10時、F町S駅中央改札口にて」
ますます訳わからん。
『愛と剣のキャメロット』の時も大概な手紙を送りつけてきたけど、今回のはさらに上手をいく内容じゃないかしら。
この指定された場所に行けってことなんだろうけど、24日って明後日じゃない。
薫のヤツ、手紙にも用件が書いてないじゃないのよ。
えーい、こっちから電話して訊いてやる。
勢い込んでバインダーを手にしたあたしだった、けど。
「・・・なんでいないのっ。どっから電話してきたのよ、もう!」
他に薫のいそうな所を当たろうかしら。
何だかこのパターンも前にあったような気がするわ。
あの時も片っ端から電話し倒したのに、全然捕まらなかったのよね。結局病院にいたんだっけ。
いいわよもう。行けばいいんでしょ、行けば。
うーん、電車代あったかしら。
あ、あるわ、かろうじで。帰りの電車代はないみたいだけど。薫に何とかしてもらおう、うん。
「それにしても薫のヤツ」
一体何の用なんだろう?
「うわ、さっむーいっ」
薫からの手紙を受け取った日から2日後の24日。
どこもかしこもクリスマス一色で、赤と緑のクリスマスカラーや賑やかな電飾が目に映る。
あたしはいつにも増して人の多いS駅のプラットホームに降り立った。
平均身長よりちょっと足りないあたしは、人の波にのまれないように改札へ向かうのに精いっぱい。
丁度前の人の背中辺りに顔の位置になるから、中年のオジサンや香水臭いオバサンなんかの後ろだったりするともう大変。
あれって一種の公害よね。臭いし気持ち悪いし最悪だわ。
「さーてと、薫はどこかしら?」
良くも悪くもすっごく目立つヤツだから、すぐ見付かるはず。
中学の時も毎日ファンの子達に囲まれてたわねぇ。
もちろん薫本人も目立つ要因なんだけど、その周りで遠巻きに囲っている女の子達も目立ってるのよね。
ほら、そうあんなふうに・・・。
「んあ?」
チョット待って。
あの人目の引きつけ方からてっきり薫とばかり思ってたけど違うわ、薫じゃない。
あれは───。
「和矢っ」
びっくりして思わず叫んだあたしの声に、和矢はハッと顔を上げ視線を巡らし、黒い瞳にあたしの姿を捉えるとその瞳を大きく見開いた。
「・・・マリナ?」
その途端周りの女の子達の視線の痛いこと。
な、何よ、あたしじゃ悪いってわけっ?
あたしは慌てて彼の傍に駆け寄った。
「マリナ、お前何でこんな所に?」
「それはあたしのセリフよ。そっちこそ何でいるのよ」
すると和矢は軽く羽織っていたブルゾンの内ポケットを何やら探っている。
「一昨日これが届いたんだ。差出人は書かれてないけど響谷から電話があったから、てっきりあいつからなんだとばかり」
そう言って和矢が取り出したのは、赤い色合いが綺麗な真紅色の封筒だった。
あたしは差し出された封筒を受け取り、中からこれも同じ色の二つ折りにされたカードを取り出した。
「えっと、今月24日午前10時、・・・」
何これ、中身もあたしが受け取ったのと一緒じゃないの。
そういえば、あたしも手紙持ってきてたんだ。
アパートを出掛けにポシェットに突っ込んでおいたのを忘れてたわ。
あたしは白い封筒を和矢に渡す。
「あたしもこの手紙をもらったの。名前は書いてなかったけど、あんたと同じく薫から電話があったから」
和矢はその封筒をじっと見つめていたかと思うと、取り出したカードを見てひょいと肩を竦めた。
「ひょっとしてハメられたかな」
「・・・は?」
それってどういう事?
「マリナ、シャルルの好きな色って覚えてる?」
な、何突然そんなことあたしに訊くのよ。
「たしか白だったと思うけど」
「じゃあ美女丸は?」
「・・・緋色、じゃないわ。真紅よ」
「これは何色に見える?」
和矢は2通の封筒をあたしの目の前に差し出した。
「白と真紅!」
「響谷のやつ、電話で変なこと言ってたんだ。『皆から渡したいモノがある』って。皆って誰のことかと思ってたけど」
「シャルルと美女丸ってこと、よね」
「その通り。で今日は何の日だったっけ?」
何の日ってそんな当たり前のこと。クリスマス・イブでしょ。
あっ!
「クリスマス・プレゼント・・・」
ちょっと和矢、それって───。
「渡したいモノって、マリナ。お前のことだ」
和矢はあたしの顔をじっと見つめてきた。
「美女丸の事はまあ知らないとは思うけど。シャルルの事はわからない訳ないだろう?」
わからない訳ない、覚えてない訳がない。
シャルルのあたしへの、溢れんばかりの想い。
たった数週間だけだったけど、シャルルの恋人だった事。
ポツリ、とあたしは答えた。
「忘れるわけ、ないわよ」
それを、和矢にあたしをプレゼントだなんて。
「あいつなりに、踏ん切りがついたってことじゃないのかな。それに美女丸も」
オレが偉そうなこと言えた義理じゃないけど、と和矢はフイと視線をあたしから外すと空を見上げた。
「雪だ・・・」
つられてあたしも空を見上げる。
ホワイト・クリスマス。
雪なんてただ寒いだけだと思ってたけど。
「ステキな贈り物ね」
「雪が?」
訝しんで訊いてくる和矢に、あたしはプイッと顔を背けた。
「違うわよっ」
「ああ、わかってる」
そう言うと和矢はそっとあたしを引き寄せた。
「もうオレのモノだ。絶対に離さない」
和矢の暖かい手のひらにあたしの頬が包まれる。
「愛してる、マリナ」
「和矢・・・」
そのまま優しく抱き寄せられて───。
「こーんなギャラリーいっぱいのところで何やってんだい、お二人さん」
「きゃあっ」
だっ誰よ、びっくりするわね。邪魔しないで、いいとこなんだから、って。
「あーっ!」
薫じゃないのっ、ちょっと何で居んのよ、今頃さぁ。
「あーっじゃないよマリナちゃん。誰がセッティングしたと思ってるんだ」
セッティングって何!? 只の薫のお遊びなわけ? プレゼントってのはウソってことーっ!
「違うよ、それは本当」
じゃあ何なの一体。
「いつまでもお前さんにこだわってるわけにいかないってことだよ」
薫はあたしの頭をぽんぽんと叩いた。
「いい加減区切り付けないと、新しい恋が始めらんないんだとさ」
そうかー、って新しい恋ぃ? と言うことは。
「そう。アノ二人、居るんだと、思い人が」
「・・・おめでとう、なのかな」
「そうだろ。お前さんがそう言ってやんなきゃ始まらん」
そうよね、あたしが笑ってお祝いしてあげなきゃ。
「ていうか、何で薫が仕切ってんのよ」
「んー? ただのお節介」
薫は口唇の端を少し上げてニッと笑った。
「あのさ、響谷。アノ二人って言い方」
「ああ言い忘れてた。そこに居るぜ、二人とも」
ヒョイと顎をしゃくって見せた先には響谷家所有のド大層な高級車が停まっていた。
ま、まさか。ホントに来てんのぉ。
ねぇ展開早くない?
「さあ、これから家でクリスマス・パーティだ。兄貴も待ってんだから、ほらほら」
ちょっと薫、最近兄上とラブラブだからって、幸せ振りまかないでほしいわ。
「お前へのプレゼントは食いモノだけど」
待って、行きますっ。置いてかないで。
「マリナからのプレゼントは?」
「あたしはみんなに笑顔をプレゼントよ!」
...End... (01/12/25)