けいおんと天才ギタリスト
□第3話 楽器の性格?
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「あれ? 桐谷君部活?」
「ああ。基本毎日部活だよ。」
「頑張ってね。」
クラスの女子とも色々と馴染んでいき、そこそこ充実した高校生活を送っている。
俺はギターケースを背負うと、軽音部の部室でもある『音楽準備室』へと向かうのであった。
「あれ? 俺が最後か?」
「うん、そうだよ」
どうやら、俺が一番最後だったようで手をひらひらと振りながら答える平沢の目からは、早く食べたいという声が聞こえきそうだ。
俺はとりあえず近くの壁にギターケースを立て掛けると、物置部屋方面に用意された椅子に腰かける。
何だか議長のような位置だ。
正確に言うと、平沢とムギの机の横の部分が僕の席となっている。そして待ってましたと言わんばかりに平沢はケーキを頬張る。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
ムギによって俺の前にも、同じケーキと紅茶が置かれる。
俺は手を合わせるとそれらに手を付ける。
さて、俺が入部したこの軽音部のメンバーは俺を除いて四人だ。
「そういえば、何で澪ちゃんはベースを弾いてるの?」
「だってギターは…恥ずかしい。」
平沢の問いかけに恥ずかしそうに俯いて答える黒髪の女子高生が、ベース担当の秋山澪。
恥ずかしがり屋な性格で、俺が正体を隠すうえで、最も注意をしなければいけない人物。
というより、なぜに恥ずかしいのだろうか?
「ギターってバンドの中心みたいな感じで、先頭に立って演奏しなくちゃいけないから、観客の目も自然に集まって………自分がその立場になると考えただけで」
想像したのか、秋山は力が抜けたように突っ伏してしまった。
「ムギちゃんはキーボード上手いけど、キーボード歴長いの?」
「私、4歳のころからピアノを習ってたの。コンクールで賞をもらったこともあるのよ。」
平沢の問いかけに、さらりと答える薄い金髪の髪の女子高生が、キーボード担当の琴吹紬。
ぽわぽわおっとり等、彼女を示す単語はいくらでもある不思議な人物だ。
でも、どうして軽音部に入ったのかが謎だ。
紅茶も入れ終わり、各々が口を付け始めた頃、平沢がこの部室に置かれているものが充実していることに触れた。
ちなみに、ここに置かれているほとんどの物はムギの自前だとか。
「律ちゃんは、ドラムって感じだよね。」
「なッ!? 私にも聞けばすごく感動する理由があるんだぞ!」
「へぇ、どんなどんな?」
「それ……えっと……かっこいいから。」
小さな声で明らかに本心ではないなと思うことを口にする、栗色の髪をカチューシャで留める女子高生が、ドラム担当の田井中律。
元気で明るい、ムードメーカー的存在だ。
まあ、ひっくり返すとやかましいことになるのだが、それは考えないようにした。
「だって、ベースとかキーボードとか指でちまちまちまするのを想像しただけでだぁぁ!って感じになるんだよ!」
何となくしっくりくる理由だった。
田井中の答えに苦笑しながらも、俺は用意されたお菓子を口に入れる。
「それで、亨ちゃんはどうしてギターなの?」
「……………」
今、平沢の口から幻聴が聞こえてきた。
「悪い、良く聞こえなかった。もう一回言ってくれるか?」
「う、うん。どうして亨ちゃんはギターを始めたの?」
「………」
空耳ではなかったようだ。
「平沢。」
「唯でいいよ。」
「そんな事はどうでもいいんだよ平沢。大事なのは――」
「唯!」
は、話が進まない。どうして名前で呼びたがらせるんだ。
「………唯」
俺は結局折れることにした。これで彼女も納得――
「唯!少しは妥協しろよ!」
しなかったようだ。
「あ、分かった。それでどうして”亨ちゃん”なんだ? 」
「え、えっとね。かわいいから!」
下の名前で呼ばれて顔を紅くさせるんなら言わせるな。
というよりなぜに呼び方に可愛さを求める?突っ込みたいことは色々あった。
だが、俺が一番言わなければいけないのはたった一つだ。
「亨ちゃん禁止!」
「えー」
「い・い・な?」
頬をふくらませて不満げな彼女に、俺は少々卑怯な手段ではあるが、殺気を放って頷かせることにした。
「は、はい!亨君!」
あまり変わっていないようにも見えるが、妥協点だと自分を納得させた。
問題なのは……
「と、亨ちゃんだって。プクク」
「り、律。笑ったら失礼だろ。ふふふ」
後ろで盛大に笑っている二人の姿だった。
「何がおかしいんや?律。」
「い、いやなにも……って、呼び捨て!?」
呼び捨てされたことに目を見開かせる律。
「目には目を歯には歯をや。お前の呼び方はこれから律にするわ。」
「うぐぐ……だったら私も亨ちゃんって――」
再び亨ちゃんと呼んだ律に、俺は彼女の前のテーブルに目掛けてフォークを投げた。
「ちなみに、次はホンマに当てるからな。」
「はい、わかりました。亨。」
ケーキを食べ終え、空になったお皿を構えながら告げると、呼び方を変えた。
とは言え、報復のつもりか呼び捨てだったが。
「ちなみに、そこで他人事のように座っているお前もや澪。」
「っ!?」
あ、固まった。
「な、ななななな何故私まで?」
「律と笑ってたからや。」
「はぅ……」
ものすごく動揺した澪はそのまま脱力したのかテーブルに突っ伏す。
「それで、どうして亨君はギターをやろうと思ったの?」
「昔から親がバンド好きだけど、ギターを始めたきっかけは俺がMIYAVIの生ライブを見て、ギターをやり始めたんだ。」
「へぇー!」
「ところで唯はギター買った?」
話題を変えると、俺が澪が聞こうとしていた(というより俺自身が気になっていたこと)を問いかける。
「え?ギター?」
なにそれと言わんばかりの表情を浮かべる唯。
「あー!そうか、私ギターをやるんだっけ!」
ようやっと気づいたのか大発見した感じに声を上げた。
俺は呆れていたが。
「あのさ、ここは喫茶店じゃないぞ。」
澪の言う言葉は最もだ。
まあ、目の前に広げられているティーセットやらお菓子やらがなければの話だが。
「値段はどのくらいするの?」
「そうだな、安いので一、二万円くらいのがあるけど安すぎてもいけないしな、五万円くらいがいいかもな。」
澪の”五万円”の言葉に唯の表情が引きつった。
「お小遣い十か月分!?」
それはかなり痛い出費だ。
「高いのだと数十万円するのもあるけど、あまりケチると俺みたいになるからやめとけ。」
「どういうこと?」
ここで俺は切り札を切ることにした。
「俺の使っているギター、露店で7500円で買ったんだ。」
「な、7500円!?」
信じられないと言わんばかりに澪が声を上げた。
「露店の人曰く、百倍は下る代物らしいから買ったんだけど。」
「そんなのインチキだろ。」
律が野次を飛ばしてくるが、うまく的を得ている
「買ってみたらネックとかが狂っていてチューニングも合わないし、何故か弦が切れやすいというある意味使えない楽器だったんだ。」
「ネック?」
唯は話そのものよりも単語自体に引っかかっているようだが、説明する暇はないので聞き流すことにした。
「新しいギターを調達するにも金銭的余裕の問題でできないから使い続けるしかないんだよ。」
「だ、大丈夫なのかよ?」
「まあ、度を超えた速弾きとかしなければ普通に使えるし大丈夫なんだけどな。」
勿論、これまでした話は全てうそだ。
あのギターは俺がMIYAVIがモデルになって作ってもらった最初のギターだ。
それこそ本来は数千万以上はするほどの高価な物だ。
最も、それは故郷で売ればの話だが。
どのような音色にも化ける特性がある、今の俺には非常にぴったりな楽器だ。
それもこの楽器をフェイクで使おうとした理由の一つでもある。
「部費で落ちませんか?」
「落ちません。」
律に尋ねるも、バッサリと切り捨てられ唯は項垂れるが、ムギさんがすかさず出したお菓子でテンションが元に戻っていた。
「よぉし、今度の休みにギターを見に行こうぜ。」
そんな律の一言で、俺たちは唯のギター選びに付き合うことになり、その日が俺の仮の正体を語る運命の日となった。