LONG

□シネマライク
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真冬の早朝の駅
切符を買うため
名無しさんは券売機へ向かう
中年のサラリーマン風の男性の後ろへ並んだ
しかし列はなかなか進まない
顔だけ列の前をのぞき込む
杖を荷物置きに立てかけて
高齢なおばあちゃんが
もぞもぞと小銭を探しているようだった
特に何を思うわけでもなく
名無しさんも自分の財布を開けて
小銭を準備し始めた
突然
前のサラリーマン風の男性が
聞こえよがしに
大きく溜息をつく
名無しさんは思わず顔を上げた
すると今度は
男性は片足のつま先を上下に動かし
駅の床から
タンタンタンタンと
乾いた音が響く
明らかに
前のおばあちゃんを急かしていた

そんなに焦らせなくても・・

名無しさんは居心地悪く
前の男性の後頭部を睨んだ
男性の二回目の大きな溜息を聞いて
名無しさんは男性を追い越し
おばあちゃんに声をかけた
「お手伝いしましょうか?」
「あら、まぁ、すいませんねぇ」
男性はそれを見て
チッと盛大に舌打ちをする
その時
「失礼。
 あなたがどんなに急いで切符を買った所で
 まだ15分は電車を待たないといけませんよ。」
と低音で無機質な声がした
名無しさんがチラッと振り向くと
名無しさんの後ろに並んでいただろう
背の高い金髪の男性が
中年の男性にそう声を掛けていた
ふんっと
声が聞こえそうなくらいに
中年の男性はそっぽを向いたが
もう急かすような態度はとらなかった
名無しさんは金髪の男性に会釈をし
おばあちゃんと一緒に小銭を使って切符を買った
「ありがとうね」
おばあちゃんは言うと
中年の男性にも振り返り
「すいません、お待たせして」
と頭を下げホームへ向かった
中年の男性も
さっさと切符を買い
喫煙所のほうへ向かった
「どうぞ」
金髪の男性は
脇に寄って列から外れていた名無しさんに向かって
自分の前を手で示し
先を譲る
その男性の後に切符を買うつもりでいた名無しさんは
「え、あ ありがとうございます」
気後れした様子で切符を買った
「加勢していただいて助かりました。」
「いえ。あれは高齢者や女性に対しての態度ではありません。
 当然のことを言ったまでです。」
無表情で言う

あれ・・なんか違うな

と思いながら
「なんだかちょっと怖かったので」
と曖昧に笑いながら名無しさんは正直に言った
「・・そう・・なんですね。
 勇敢な方だ。」
無表情だけれど
先ほどよりも
幾分優し気な口調でそう言うと
軽く会釈をしてホームへ向かう
男性の後ろ姿を見ながら
名無しさんもまたホームへ向かった

外国の人なのかな
サングラスをして表情がわからない
背が高くて鼻も高くて
スーツ着て・・
サラリーマンなのかな
モデルに見える
同じ格好で日本人なら
まずサラリーマンで間違いないだろうに
あの容姿だとモデルに見える
日本語も流暢だったなぁ
こんな片田舎に出張とか?
撮影?

冷たい風とちらちら雪が降る
唯一のホームで
電車を待つのは
名無しさんたち4人だけ
そのまま滑り込んできた電車に乗り込み
3人は同じ車両に
中年の男性だけは
3人を見て隣の車両へ移動した
各駅停車で
のんびり進む電車に
15分ほど揺られ
車内に聞き覚えのある駅名がアナウンスされる
名無しさんはおばあちゃんを見た
先ほど一緒に切符を買った
おばあちゃんの降りる駅
聞こえているのか
おばあちゃんはウトウト舟を漕いでいる

・・降りるよね・・

電車が減速する
立ち上がる気配のないおばあちゃんに
名無しさんは近づいて声を掛けた
「着きましたよ、ここですよね?」
肩に手を掛けると
おばあちゃんはハッと顔を上げて
「あなたにはご迷惑かけっぱなしね。」
と笑い立ち上がった
電車が完全に停止し
ドアが開く
杖を突きながらの覚束ない足取りに
名無しさんは寄り添った

ドア閉まっちゃうんじゃないの
ちょっと待っててよ

その時
先ほどの金髪の男性が
電車とホームを
半分ずつ跨ぐ格好で立ち
おばあちゃんが下りる時間を稼いでくれる
「すいませんねぇ」
おばあちゃんはその男性にも会釈し
電車から降りようとした

杖が一瞬ホームの雪の段差に引っ掛かり
つんのめった様に体が傾いた
名無しさんは左側
男性は右側から体を支え
三人一緒にホームに降り立つ
三人でホッと一息ついて
顔を見合わせた
その後ろで電車が静かに走り出す
「え?」
ホームに立ち三人は電車を見送った

「お仕事間に合います?」
「予定時刻には遅れますが
 次の電車で大丈夫でしょう。」
二人は無人駅の時刻表を見上げた
「・・・」
「二時間後ですね・・」
名無しさんは隣を見上げた
わからない
表情が全く読み取れないが
おそらく想定外の時間に違いなかった

おばあちゃんがあまりに申し訳なそうに
何度も謝るので
二人は時間なんか大丈夫の体で
おばあちゃんを見送った

小さな溜息が高い所から聞こえた
「あなたは大丈夫なんですか?」
「私はただの旅行者ですから。」
「そうですか。」
二人で並んで立ち
電車のいない線路を見ながら
会話を続ける
「どちらまで?」
「三駅先まで行く予定です。そちらは?」
名無しさんは冷たい風に冷えた指先を
口元でハアーッと息をかけて温めた
「私はそのもうちょっと先です。
 後二時間もここにいては凍えてしまう。
 コーヒーでも飲めそうな所を探しませんか?
 ご迷惑でなければ ですが。」
男性が名無しさんに向き直った
「是非そうしましょう。」
名無しさんは素直に同意して二人で駅を出た
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