LONG

□シネマライク
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「申し遅れました。私は七海と申します。」
「名字名無しさんです。」
駅からすぐの所に
幸いにもコンビニがあり
窓際にイートインスペースもあって
二人はそこでコーヒーとカフェラテを買った
「一本電話を入れてきますので
 ちょっと失礼します。」
七海はコンビニの外へ
名無しさんは座ったまま
電話をする七海を眺めた

名無しさんが観光に来たこの土地は
特に観光地という訳では無い
それどころか
旅行者なんてそうそう来ないだろう
特に冬のこの時期になれば
地元民以外は目立ってしまうほどの
田舎だった
大きな企業があるわけでもなく
出張で訪れるサラリーマンだって
まずいないと思われる
七海の目的地も鬱蒼とした山の中
今は雪に覆われているだろう山寺
そして保養所にもなっているその宿舎だった

電話を終えた七海が
隣の席に戻ってくる
「七海さんは・・俳優さんかモデルさんですか?」
「違います。」
勇気を出してした質問に
被せる勢いでNOと言われ
名無しさんは拍子抜けしてしまう
「・・でもお仕事なんですよね。」
「ええそうです。
 あなたは旅行とおっしゃってましたが
 特別何か観るところでもあるのですか?」
「はい。好きな映画がこの辺で撮影されたんです。
 撮影地巡りといいますかそんな感じです。」
「映画ですか」
「とってもマイナーな映画なんですけどね。
 強烈に惹かれるものがあって。」
名無しさんは照れ臭そうに笑った
「いいですね、そういうの。」
フッと緩んだような
和らいだ声音に
名無しさんは思わず隣の七海を見る
「なにか?」
七海もまた名無しさんを見つめ返した
「いいえ!いえ・・同意いただけるなんて
 ちょっと意外で」
七海の眉間に小さなしわを作った
「なぜ?」
「・・いや なんとなく・・怒ってます?」

なんだか噛み合ってるのかいないのか
距離感が難しい人だな

「怒ってません。
 すみません 気を使わせてしまっていますね。
 あまり人付き合いが得意ではないので。」
七海は視線を窓の向こうへ移した
「そんな事ないです。
 七海さんは優しいですし。」
それを聞いて七海はフッと鼻で笑ってしまう
「お気遣いなく」
七海がそう言うと
名無しさんは明らかにムッとした口調で
「意地悪なんですか?」
と言い返してくる
まさかそんな風に返されるとは思っていなくて
七海は名無しさんに再び向き直った
「名字さんは本当に素直な人ですね。」
まじまじと七海に見つめられ
名無しさんは急に恥ずかしくなる
「あの・・
 名前で呼んだいただけませんか。
 私 苗字嫌いなんです。」
噛み合っているのかいないのか
七海は名無しさんと同じことを考えた
「あぁ・・分かりました。名無しさんさん?」
「七海さんは地元の人?ではないですよね?」
「ええ。出張です。」
「長いんですか?」
「今日行ってみてからでないと何とも・・
 明日には戻れるかもしれないし
 状況によっては・・それでも4.5日といったところでしょうか。
 名無しさんさんはいつまで?」
「私は明日午前中には帰ろうかと。
 月曜から普通に仕事ですし。」
どうなることかと思われた
電車待ちの二時間だったが
二人の会話は思いのほか弾み
あっという間に時間は経った
車内でも何となく並んで座り
名無しさんの降りる駅で
じゃあ また明日
とでもいうような素振りで言葉を交した。

楽しかったな・・
意外に

電車を降りて名無しさんは幸せそうに笑った
七海もまた
降りて行く名無しさんの後ろ姿を見送りながら
出張先の小さな出会いも
たまには悪くないか
と心を和ませた
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