SHORT

□For my Valetine
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高専からの帰り道
以前から花を買うならここで
と決めていた店へ寄る
花束を購入し
紙袋に入れてもらい
彼女の待つ自宅へ急いだ

本来なら今日は休みのはずだった
それなのに
前日の夜になってから
仕事用の携帯が騒がしく鳴り
仕方なくそれに応対しての
今に至る

一緒に甘い一日を過ごす予定だった名無しさんは
それでも恨み言を言わず
私の自宅で
おとなしく帰りを待つことを承諾してくれた
日のあるうちに
帰宅できると思っていたが
結局はすでに日は沈み
時計は18時半過ぎを示していた

マンションの自宅の玄関前で
花束を紙袋から取り出し
ドアにカギを差し込む
扉を開けて中へ入ると
名無しさんがリビングからこちらへ歩いてきた
「戻りました。
 遅くなってすみません。」
「おかえりなさい。」
長めの緩いニットのワンピースを着て
いつもきっちり纏められている髪は
今は緩く後ろで結わえられている
私の抱える花束に視線を留め
その目が輝き弓なりに微笑んだ
持っていたカバンを床に置き
空いたその手で彼女を抱き寄せる
私の腕の中で花束を抱え
その香りを吸い込んで
「赤いバラの花束なんてすごいロマンチックね。」
と顔を上げた
その唇に自分の唇を押し付け
柔らかく食む
「ん…」
と声を漏らす彼女から
チュッと唇を離すと
「おかえりなさい。」
と再び言って
私の首に両腕を巻き付け抱きしめた
名無しさんを抱きしめ返し
その腕に力を込めると
「お花が潰れちゃう」
と花束を抱えなおしリビングに入っていく
「アルコールの味がしますね」
「バレた?夕飯作りながらちょっと飲んでたの。」
キッチンに花束を置いた名無しさんは
シャンパングラスを持ち上げ私に見せる
「酔ってます?」
「ふふふ
 いいえ 全然」
いたずらっ子のようにこちらへ視線を投げて
花束を開き花瓶を取り出す

アルコールのせいで上気した頬と
ふわふわとした雰囲気は
ほろ酔いだから
出迎えた彼女を見たときに
妙に色気を感じたのは
そのせいなのだろう
ジャケットを脱いで
椅子の背にかけると
名無しさんの後ろに立つ
シンクでハサミと花を持ち
水切りしている様子を見て
後ろから抱き込むように
水に濡れた名無しさんの手に自分の手を重ねる
「私がやります。
 酔っ払いに怪我をされては困る。」
名無しさんの手からハサミと花を取り上げると
意外なほどに素直に手を離した

水を止め花を花瓶に生ける
名無しさんがそれを見栄え良く整えた
「綺麗ね。7本?」
そう呟く彼女を後ろからそのまま抱きしめた
左腕を私の首に絡め
右手でシャンパングラスを持ち
一口飲むと
首を捻ってこちらを見上げる
唇を合わせると
隙間から液体が注ぎ込まれる
ゴクリとそれを飲み込み顔を離す
「これ 今日一緒に開けようと言っていたシャンパンじゃないですか?」
「正解。美味しいよね。」
「まったく…」
小さな溜息をついてそう吐くと
「飲みながら大人しく待ってたんだから
 許してよ。」
と少し拗ねた声がした
抱きしめていた腕を解き
胸ポケットからプレゼントを取り出す
「これを…」
後ろから名無しさんの目の前に
手の平に乗せたそれを差し出すと
「え…」
と両手でつまみ上げる
「綺麗…」
プラチナのネックレス
Y字に下がるチェーンの先には複雑なカットの施された
角のあるしずく型のクォーツが揺れる
「つけても?」
返事を待たず名無しさんの手からそれを掬い取り
後ろの留め金を付ける
名無しさんはくるっと向きを変えた
「とても似合います。」
「見てもいい?」
目を輝かせて聞く名無しさんを手で促すと
鏡の前まで小走りで向かう
「素敵。
 七海 すごい嬉しい ありがとう!」
鏡を見ながら
はしゃいだ声がする
「バレンタインは女が贈る日なのに…」
「私の認識では愛する者同士がそれを伝える日です」
「なんでそこだけまるで外国人なの?」
そんな質問に思わず頬が緩んだ
「あなたに花贈れて
 プレゼントをする口実になれば何でもいいんです。」
本心からそう言うと
名無しさんは胸の中に戻ってくる
私の腰に腕を巻き付け
ぎゅっと力が込められる
「七海 大好き。
 もう ほんと大好き。」
「私もです。
 あなたの事が愛おしくてたまらない」
強い力で抱き締め返す

「あなたに夢中」
「ん?」
「7本のバラの意味です。」

……

「七海…ご飯…後にしようか…」
「そうしましょう。」 

潤んだ瞳で遠慮がちにされた提案に
即座に賛成し
離すのも惜しくて
抱き上げた身体を自分に押し付け
余裕のあるふりをして
彼女をベッドへ放した


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