鳳長太郎(腐)

□夕暮れ
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全国大会を終えた9月のことだった。

「おいジロー、起きろよな」
「ジロー先輩、起きてください」

何度も名前を読んだり、揺すったりしているとジロー先輩はぼんやりと薄目を開け、大きなあくびをした。

「ふぁあ。もう朝?」
「おいおい、何言ってんだ。もう夕方、練習終わったぜ」
「そうなんだ。宍戸ぉ、家に着くまで途中で寝ないか見張ってて」
「ったくしょうがねぇなぁ、いいか?長太郎」

俺はこくりと頷いた。
「はい、もちろんです!」

門を出て駅まで歩く。途中で何度もジロー先輩はガクッと倒れそうになるから、その度俺と宍戸さんで支える。

「ごめん。鳳、宍戸ぉ。」
「俺は大丈夫です。ところでジロー先輩、いつもどうやって帰ってるんですか?」
「跡部に送ってもらったり、向日に連れて帰ってもらったり」
「そうなんですね」
「俺も結構連れて帰ってるぜ」
ムッとした顔で宍戸さんが言った。
「宍戸は最近鳳とばっか帰ってるじゃん」

なんとなく宍戸さんの方を見ると、宍戸さんはわざと目を逸してしまった。
チクッと心が痛む。

「んなことねーよ」
そうなんだ、と言いながらまた寝てしまうジロー先輩を支えることで、なんとか自分を取り戻す。

そうこうしてる内に駅に着き、電車に乗った。ジロー先輩は俺の肩にもたれてすっかり熟睡している。宍戸さんは機嫌が悪いままだ。沈黙を振り払うように、俺は言葉を選びながら言った。
「大変ですね、宍戸さんは」
「何がだよ」
「ジロー先輩に向日先輩。それから跡部さんにまで頼りにされて」
宍戸さんは少し照れたような表情を見せる。
「俺は頼んでねーよ」
「でもそれだけ宍戸さんには人望があるってことですよね。俺、尊敬します」
「ふーん…」
また沈黙が流れる。

「おい、最寄りだぜ」
俺の降りる駅まで来ていたようだ。
「ありがとうございます!」と言ってそのまま降りようとすると、ジロー先輩がしがみついてきた。
「?!」
「鳳ぃ」
寝ぼけているようだ。
慌てて宍戸さんがジロー先輩を俺から引き剥がしたが、俺の鼻先でドアはピシャリと閉まった。

こうなったらもうどうしようもない。
「すまねぇな、長太郎」
「宍戸さんは悪くありません、俺がもっと早く気づいていれば…」
「いや、長太郎は悪くねぇよ」
次の駅が宍戸さんやジロー先輩の最寄り駅だったはずだ。俺もここで降りて、向かいのホームへ行こう。
すると宍戸さんが思いついたように言った。
「電車賃は俺が払うから、ちょっと降りてみねぇ?」
「えっ、はい!」
反射的に返事をしたが、なんで宍戸さんはそんなこと言ったんだろう?

ジロー先輩を支えて歩き、駅前のクリーニング屋さんまで送り届けた。
「ありがと、鳳まで」
「あのなぁ、もとはといえばお前が」
「俺はいいんですから」
そんなやり取りをしながらジロー先輩とは別れた。

あたりは暗くなり始めた。
「隣が向日ん家、ここのコロッケは美味いぜ。あの店の親父はマジで怖え」
商店街を一軒一軒紹介して回る宍戸さん。
「あのぉ、宍戸さん」
「どうした?」
少し前を歩いていた宍戸さんがくるりと振り向いた。
「どうして俺をこの駅で降ろしたんですか」
「さぁな、気分ってことか。長太郎、この辺来たことねぇだろ?」
「そうですけど…」
なんとなく腑に落ちなくてそわそわしていると、宍戸さんが急に立ち止まった。
「?!」
「長太郎、何か俺に言いたいことあるだろ」
「えっ」
「男ならはっきり言わねぇのは、激ダサだぜ」
「…」

俺と最近一緒に帰ってることを、
「んなことねーよ」と否定した宍戸さんを思い出す。

「宍戸さん、俺といるの嫌ですか?」
宍戸さんは目を丸くして俺を見つめた。
「長太郎?」
「俺と帰ったりするの嫌ですか?」
宍戸さんがみるみる決まり悪そうな顔になっていく。
「…嫌じゃねぇけど」
「嫌じゃないけど?」
「嫌じゃねぇけど、なんか改めてジローに言われるとこっぱずかしかっただけ」
「…そうですか」
そう言ってうつむく俺。

「あぁ、メソメソすんな!第一お前といるの嫌だったら、そもそも一緒に帰ったりしてねーよ!」
言い切った後の宍戸さんは恥ずかしいのかくるっと前を向いてしまった。

でも、その一言でぱっと霧が晴れたように心が明るくなる。
「俺、自信持っていいんですか?」
「勝手にしろよな!」

宍戸さんは不器用で恥ずかしがり屋だから、わかりにくいところがある。でも、誰より優しくてかっこいい俺のヒーローだから。

だんだん灯り始める街灯に照らされて、宍戸さんの背中は輝いていた。
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