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□夏と世の中の不条理
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ある晴れた夏の昼下がり。
午前中の課外が終わった俺たちは、帰り道にある神社の境内の片隅で休んでいた。
木に囲まれた境内は、空気が美味しい代わりに蝉の鳴き声に包まれている。
休むといっても、夏の午後。日陰とはいえ屋外は蒸し暑く、日に焼けはじめた2人の薄い肌はじっとりと汗ばむ。
「なあ」
道すがらコンビニで買った棒アイスを齧りながら、留伽がおもむろに問いかけてきた。
ん?と横に座る留伽の顔を見る。
「なんで男同士って孕めへんのやろな」
あまりに唐突な質問に、思わずむせてしまう。
一体何を思ってそんなことを訊くのだ。
「どうしたん」
真っ直ぐ前の方を見つめたままの留伽の目は、陽のあたる場所を通り越して、なんだかずっと遠くの方を見ているようで、とてもぼんやりしていた。
「いや、なんとなく。気になって」
答えに詰まるのも少し妙な気がして、なんとか口を開く。
「そりゃあ、まずそういう機能がないやん」
「そりゃあな」
「でもって、することがまずない」
男同士って、そういうことできるん?どうやって?
俺のその答えに、留伽はうーんと唸る。
「できんことはないやろ」
留伽はさも難儀そうに首を傾げ、眉間に皺を寄せた。しかしそれでもアイスを一口齧る。
「なんでそんなこと訊くん」
まだこっちを見てくれない留伽に、身体ごと向き直ってみる。
留伽はやっと目だけで俺の方を見てくれた。
「…………ただ、気になっただけや」
その目が俺を見たまま、じっと熱いような気がして、今度は俺の方が目をそらす。
なんだかいつもの留伽と違う。
「彼女もいたことあれへんのに、どこぞの留伽って奴は何を血迷ってるんだか」
俺の反撃に、留伽がムッとした顔を俺に向けた。
少しだけ頬に空気を詰めて、唇を尖らした顔。
小さい時からずっと見慣れた表情だ。
「彼女ならできたことある。お前に知らせんかっただけや」
「……は?!」
留伽は残りのアイスを飲み込むように食べて、ハズレの棒で俺の肩をつつく。
イタズラな目がおもしろそうに俺を見ている。
「何ゆうてん。どこのだれや」
あんまり焦りたくないけど、予想外すぎる返事に戸惑いを隠せない。隠したいけど絶対隠せてない…
「B組の佐々木。お前も知ってるやろ」
確かに、B組の佐々木は知ってる。セミロングの茶髪で、さらさらしてそうな肌としとやかな笑顔の………
……要するに学年のマドンナってやつやろ、それは、そいつは。
いつの間に何しとんねん。留伽お前…。
ふっとまた視線を留伽に戻す。ふざけた笑顔に腹が立つ。
ぬるい風が吹いてきて、じっとり湿った肌に逃げ場がなくなったような感覚になる。いちいちイラついてくる。
「どこまでやったん」
意を決して、というか、幼なじみである以上、我が親友留伽の恋愛事情ぐらい、尋ねたって問題ないはずだ。
留伽は俺の言葉にぶはっと吹き出す。何が面白いんだか、少し涙を目にためて、続く笑いを堪えているようだった。
「………冗談やで」
やっぱり肌が汗ばむ。汗ばみ通り越して、雫できとんちゃうかって、思ったりして、
腹立つな、こいつ。留伽。
「…お前な、」
思いっきり、ふざけっ面の頬をつねる。
「俺をからかって何がおもろいねん」
しっかり睨んでやる。
留伽の口角は上がったまま。それでも目は睨む俺に対抗する。
ふざけた感じじゃなくて、見透かされそうなぐらい真っ直ぐ。
「何がって言えたら苦労してないけどな」
その口調は落ち着いていて、さっきまでのふざけていたのとまるで違う。戸惑うぐらいに調子が狂う。
「おりゃっ」
目の前の留伽がそう言ったかと思うと同時に、彼は俺の首筋に顔を埋めた。
汗ばんでいた彼の頬の水分が、俺の右手に残っている。
「なに…………っ?」
チクッと微かな痛みが走り、留伽を振り払う。
「お前、なにしたん!」
ふふっと笑った留伽の前髪が揺れる。日陰でもわかるぐらい明るい茶色の髪。
「あとで鏡で見てみたらええんと違う?」
留伽は少し満足そうに、「またな」と言って駆け出した。後ろ姿を、俺は呆然としたまま見つめる。
つぶした鞄を片手に、走りづらいローファーで急いで駆けていく様は、カッコ悪くて面白い。
「……………またな」
じっとりしていた肌が、さらに火照っていた。
何をされたか分かってないし、留伽が何を満足して帰ったのか知らないが、俺の感情も逃げ場をなくす。
でもさっきのイラつきとは違って単なる戸惑いっていうか、なんていうか。
蝉の鳴き声が戻ってきた。
さっきまで、鳴いてなかった?そんなことは、ないはずやけど。
留伽が落として行ったアイスの棒に、少しづつ蟻が群がりはじめていた。