Book
□雨音
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しとしとと雨が降っている。
1人では広過ぎるベッドの上で、俺はその音を聴いていた。
膝に置いた本は、めくってはいても読んでいない。
頭では別のことを考えていた。
昨日の夜、この部屋で本を読んでいた。この時はきちんと集中して読書をしていた。
今と同じように弱い雨が降っていて、その微かな雑音は、読書に最適な環境を形作っていた。
不意にドアが開いて、酔っぱらったあいつが部屋に入って来た。
俺の方に近寄ってきたけど、離れていても分かるほどに酒くさかった。
もじゃもじゃの髪の毛の中に手を突っ込んで、どかっと俺のベッドに倒れ込んで。
「やっと終わった。オーバーダブ、何回やったと思う?」
そう俺に訊いてきた。俺は午前中のうちにパートを録り終わっていたからこうして読書なんて呑気なことをしているが、
彼は中々ハードな時間を過ごしていたようだ。
ため息混じりの言い方から、彼の疲れを感じる。
そもそもオーバーダブなんて、ボーカルの趣味だ。
今回のレコーディングで、テープが擦り切れるほどに何回も音を重ねているが、そんなのはボーカルが敬愛するバンドのオマージュに過ぎないし、俺たちがやったところで、そのビッグなバンドのパチモンになるだけだ。
俺たちらしさなど、ボーカルにとってはどうでもいいらしい。
酒を飲みながらレコーディングをしていたとするなら、多少問題ではあるが…ストレスが溜まるのも、無理はないだろう。
「もう指が取れそうだ」
ギタリストとは思えない弱音も吐いた。
彼はそんな自分を鼻で笑って、上体を起こす。目の下のクマがひどかった。
「ねえ、抱かせて?」
彼はそう言った。
思い出すと不思議だ。
何故俺はあの時あいつの言うことをきいたのか。
ひどいクマを作るほどの重労働を済ませてきた彼の、『抱かせて欲しい』という無茶な頼み。
あいつとは古い付き合いだし、仲も良い。
言葉を交わさなくても通じる何かがあるって自負もある。
普段なら「冗談言ってないで寝ろ」と言ってやるはずだ。そしてベッドを貸してやる。
何も深く考えたりしないで、「疲れてるんだな」と笑っただろう。
そうするはずだ。
しかし、昨日の俺はなんだ。
何を思ったか、俺の方からあいつに近付いて行って、キスをした。
その時は、不思議とドキドキしていなかった。何も考えてないみたいな、変な気持ち。
吸い込まれるように、俺はあいつの腕の中にいた。
でも、あいつに抱かれている間は、不思議と身体の奥が熱かった。
好きな女を抱いている時などとは比にならないほど、胸が昂ぶった。
長い間一緒にいても、今までに見たことのなかったあいつの表情。
思い出すだけで身体が疼く。動悸がする。
シーツに潜って、自分の肩を抱きしめた。
震えがさっきから止まらない。
今の自分がどういう状態なのか、見当もつかない。
弱い雨の音は、昨日の夜とまるで違って聴こえる。