六花と疾風

□壱の花弁
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時は戦国、群雄割拠の時代です。

相模国の戦国大名に北条氏政という方がおりました。

戦国大名でありながら勢力を拡大することは無く、辺りの国と同盟を結び静かに過ごしていました。

侵略されることはしばしあったが、友人の同盟国が手を貸してくれ、なんとか領土を奪われずにおり、人望は厚かった。

情勢はまぁまぁで、身内や民を大事にしてはいたが、少々高慢な所があり、

“栄光門があれば我が一族は安泰”

という考えがあった為、同盟国以外の大名から

“井の中の蛙”

だと陰で馬鹿にされていた。



そんな相模の国の春の日、1人の姫が産声をあげました。

桜花が咲き乱れるその夜、春であるにも関わらず雪が降り、澄んだ満月が顔を出した情景を氏政は見て、姫の肩書きにこう着けた

【麗月六花(れいげつりっか)】

…と。

月のように麗しく民を照らし象徴となり、六花は雪を意味し、清らかで純粋な心の持ち主となること、そして六花は六つの花の事も指している、故に華やかで美しくなれという意味だ。


そんな大層な肩書きをつけられた姫の名前は月凪…。

はい、今まさに畳に寝転がされている私の事です。

『あぅぅ…っだ!』

「ふむ…やはり妾の娘だけあって元気が良いな!ふふふ…ぷくぷくの手をそんなに振るでない、ほれほれ母はここにおるでなぁ…?其方(そなた)はほんに可愛らしいのぅ」

『あだっ!!んだぁっ!』

可愛らしいのはお母様の方です

と…言いたいのだけれど、いかんせん私は赤ん坊なので言葉は話せない。

私を抱えてあやす女性は、今世での母親で、名前は紅の蓮と書いて紅蓮(くれは)と読む。

出身は甲斐国、出身で解る通り武田信玄の末妹であり、信玄公と同じく熱い魂を持った女性である。

「よいか月凪よ、其方は将来この北条を継ぐ者となるのだ、北条を名乗るのであればそれにふさわしい跡継ぎにならねばならん」

『あぅ!』

「其方には武田の熱き魂と、北条の民を思いやる心が宿っている。故に、それに見合う器を幼き頃より培わねばならぬ」

まだ赤子の其方には解らぬだろうが…、と苦笑するお母様。

大丈夫だよ、解ってるよ、と声をあげてもやっぱり『あー』とか『うー』しか言えない。

うーん、悔しい!

でも、まぁ仕方ないか…だって赤ちゃんなんだから。

「妾は、この母はなぁ月凪よ、其方が古い考えに縛られ身動きがとれぬような者になってほしくはないのだ。人の上に立つものは柔軟な思考を持たねばならんからな。」

無論、古いものの中にも良いものはあるゆえ、一概には言えんがな。

「温故知新を大切にせよ月凪、人は変化と教えを交えてこそ成長し進むものだからな。これは後に其方の宝となるだろう。」

そう赤ん坊の私に教えを解くお母様の顔は、やはり優しい笑みを称えていた。



お父様はとても美しい人だ、雪のように白い肌と髪を持っていて、穏やかな表情で静かに物事を進める。

まるで真冬に降る雪のような人である。

美しく優雅でありながらも、静かに音を立てず全てを白で包み込んで侵略してしまう。

「今日も月凪は可愛らしいね、紅蓮そっくりで本当可愛い!!僕の奥と姫は目の中に入れても痛くないよ!!ハーなんでこんなに可愛いの〜」

ただし、それは戦場においてであり、城に帰ってからはこんな風にデレる

『うーうぅ…うぁぅ〜』

「殿…、月凪が嫌がっておるゆえ、そのように月凪の腹に顔を埋めるのは止めてはいかがか?」

「紅蓮ぁ〜、そんな事を言わないでおくれよ。仕方ないだろう?月凪ってとってもいい匂いがするんだから、う〜ん癒されるぅ…」

私の父、雪政は私を持ち上げてお腹に顔を埋めてから、まるで猫を吸うように私の匂いを嗅いでいた。

「はぁ…妾は忠告した、どのようになられても知らぬぞ?」

「あはは〜そんな、忠告なんて大袈裟…

『うだぁっ!(いい加減にしてっ)』

……っぐぅ!?」


あまりにしつこいから、お父様の顎に蹴りをいれてやった。

「それみなされ、しつこすぎるからそうなるのだ、妾の娘ゆえ想像がついていたろうに…はぁまったく。」

『だっ!だっ!だっ!あぅだぅっ!』

「痛っ!痛いって…ちょっ!月凪ちゃんっ!?ごめん…ごめんって!!やめてぇ地味に痛いからっ!」

オラオラオラオラ!!と、効果音がつくような蹴りを次々と繰り出す私に降参だと訴えるお父様。

乙女の匂いを不躾に嗅ぐからこうなるのです!

ふんす、と鼻息荒く睨み返す私を、お母様がお父様の手から取り上げた。

「殿、姫を愛でるのはわかるが、乙女の匂いを不躾に嗅ぐのは少々いかがなものかと思うぞ?愛でることにも限度があるゆえ、以後気をつけられよ。」

『あぅ!』

「月凪もそうと言っておるようだ」

「うぅ…厳しいなぁ二人とも、まぁ…そこもまた良いんだけれどね?」

ニパッと笑うお父様に、お母様が呆れたとため息をはいた。

「これは反省しておらぬな…」

『うぅぅ〜…』
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