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□ジコチュー
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「おいナマエ、酒が足りねェ。持ってこい」

「は〜い、ただいまーー」

今日は新しい島に着いた初日だ。何かと理由を付けて宴をしたがるクルー達は、「上陸記念の宴」という名目でドンチャン騒ぎをしている。

私はというとお酒は一気に飲むタイプでもなく、アルコール耐性もかなりあるので、いつもお酒を運ぶ係だ。

それをわかっている船長はいつものように酒を持ってくるよう指示してきた。

「どうぞー」

「…ああ」

冷やされていたお酒を数本持ってくると、差し出されたジョッキに注いでいく。

久しぶりの島ということもあり、お酒を買い込めるのも久々だ。
船長もわかりにくいがいつもより飲んでいるようで、ほんの少しだけ頬に赤みが差している。

珍しいこともあるものだ、と思いながらもう数本お酒を持ってくるために立ち上がると、腕を引かれて再び座ることとなった。

犯人はほんのり赤い顔でこちらを見てくる船長だ。

「……お前もたまには飲め。船長命令だ」

「…はあ…。船長命令て…はは」

こんなことで"船長命令"を使ってくる船長がなんだか子どものようで思わず笑みをこぼすと、横目でジロリと睨まれた。

「…何か不満か」

「いえいえ。お酒は好きなので、いくらでも飲みますよ」

若干度数が強めのお酒を自分のグラスに注ぐ。私の屈強な肝臓は、弱いものを飲み続けてもあまり酔えないのだ。

「せっかくなのでペンギン達と飲み比べでもしてきましょうかね〜」

「…いや、いい。ここで飲め」

「!」

驚いて思わず少し目を見開いた。
いつもの船長なら「好きにすればいい」「介抱はしてやらねェぞ」とでも言うはずなのに、今日は酔っているせいかいつもと発言が違う。

そしてそのおかげで、船長と私が二人並んで飲むという、何とも珍しい光景が出来上がった。
よほど珍しいのか、さっきからクルーがチラチラとこちらを気にしている。

「船長ファイ「オイ!バラされるぞ!」…すまん」
「やべェ…おれがドキドキする…船長……!」

クルー達は小声で言っているつもりなのだろうが、酒が入っているのでうまくボリューム調整できていない。
よくわからないが、いつもと違う船長の様子にときめいているのだと解釈した。私含め、ここのクルーは船長愛が強い。

勿論船長にも聞こえていたようで、青筋を立てている。

「アイツら……バラす」

「ちょ…」

立ち上がろうとする船長を、さっきされたように腕を引いて座らせた。

「!」

「いいんですよ。ここで飲みましょう?」

「……」

さっき船長から言われた言葉に似せてみる。
すると船長は急激に戦意喪失したかのように、ゆるゆると元の体勢に戻った。

遠巻きに見てくるクルーたちは「ウオオオーー!!」と叫んでいる。バラされなかったことに歓喜しているようだ。

船長の横顔を見ると、またいつもの無表情だ。どうやら怒りはおさまったらしい。

「!」

そのまま船長の様子を伺っていると、騒いで踊っているクルー達の輪から、空の酒瓶が飛んできた。

それはまっすぐ船長の頭に向かっており、当たればどうなるかなど簡単に想像できる。
数分後には全員バラバラだ。

「…船長、」

前のめりに手を伸ばして、こちらへ飛んでくる酒瓶をギリギリで見事にキャッチした。



……のはいいのだが、何故か視界が暗い。そして何故か喋れない。
口に何か当たっている。


そして成人済みの私は、すでにこの感触を経験していた。
わかっているはずなのに、脳が理解したがらないらしい。

しかし、口の感触が離れ、視界が再び明るくなった時、否が応でも現実を突きつけられることとなった。

目の前にあったのは、目を見開いた船長の顔だったのだ。

私が名前を呼んだからこちらを向いたのか。そして運悪く前のめりになった私と…。と冷静に分析し出すくらいには頭が現実逃避をしたがっている。

周りのクルーたちも静まり返り、さっきまでの騒ぎが嘘のような雰囲気になっていた。

「…す」

「「"す"!?!?」」

「すいませんでした……!!」

「「えェエエ〜〜〜!?!?」」

全力で土下座をした。謝罪する以外の方法が思いつかなかったのだ。

「お、おれァてっきりそのまま"好きです船長!"っていう流れかと…」
「バカお前それはただの願望だろ!ナマエはそういう風に見てねェんだ」

何だか恐ろしい妄想の会話が聞こえるが、それどころではない。
最大級にビビりながら船長の顔を見ると、いつもの無表情だった。それが逆に怖い。

数秒待って、船長はようやく口を開いた。

「……別にこの程度何てことはない」

絶対にウソだと思った。嫌悪感からなのか目を合わせてくれない。声も小さい。

とにかくわざとじゃないことだけでもわかって欲しい。

「わざとじゃないんです。船長に下心なんてひとつもないんです…。酒瓶が船長の頭に飛んできてて、それをキャッチしようと思って。本当に、船長にチューしたいなんて1ミリも思ってないんです。それだけはわかっていただきたい、です…」

早口でまくし立てると、周りが静まり返った。恐る恐る船長の顔を見ようとすると、船長は立ち上がっていた。背中を向けられていて、顔は見えない。

「……おれは部屋に戻る。宴なら気が済むまで続けておけ」

「キ、キャプテン……」

シャチが声を掛けるがそれも無視するように、船長は自室へと戻っていった。

静かな空間に、パタンという扉の音が響く。その直後、クルー達はいきなり私に詰め寄ってきた。

「お前なんっ…なんであんな言い方すんだよォ!!せっかく…!せっかくのチャンスが…!!」

「部屋に戻る前の船長の顔見たか!?!?お前ってやつァ、本当に…!!あ〜〜〜もう!!」

クルー達はなぜかもどかしそうに頭を抱える。しかし私は一つ気になることがあった。

「…なんで、事故チューしたことには誰も怒らないんですか?」

「当たり前だろ!!キャプテンはムガゴッ!!」
「…言いたい気持ちもわかるが、おれたちが簡単に口出しできることでもない。本人達の問題だ」

シャチの口を塞いだペンギンの一言でクルーたちは黙ってしまい、みんなすごすごとその日は解散するのだった。
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