ハトリくんのとなり

□3章:ハトリくんの気持ち
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「りっちゃんお待たせー」

夏休みというものは、誰とも会わなくても時間が過ぎるのは早い。
1週間はあっという間に過ぎ、気付けば夏祭り当日を迎えていた。

ここらで最も大規模な夏祭りには、街の外からも人が集まる。
人混みを掻き分け、希美と合流した頃には既に日が沈みかけていた。

「すごい人だねー。近くまでタクシー使ってきたのにここに来るまで時間かかっちゃったよ」

「まぁ、1番大きい祭りだしね」

「それよりりっちゃん!早く屋台巡り行くよ!屋台もすごい行列だから、時間なくなっちゃうよ!」

希美に引き摺られるようにして、しばし屋台巡りを楽しんだ。
もう楓と亜紀の関係のことなんて忘れていて。
彼の事を思い出したのは、花火の打ち上げ開始30分前を知らせるアナウンスが鳴り響いた時だった。

「あ、もうこんな時間だ……楽しい時間ってほんとすぐ終わっちゃうよねー。もっとりっちゃんと遊びたかったのにー」

「まあ、また予定立てて遊ぼうよ」

「うん、そうだね。じゃあまたね、りっちゃん」

そう言って希美と別れて、今度は楓と花火を見て。
そんな事を考えながら少し浮き足立っていた。
だから、まさか。
まさかそこに、楓が姿を現すなんて思ってもみなかった。
息を切らして、汗だくになって。
焦ったような顔で、
こんな人混みの中、彼が駆け寄って来るなんてこれっぽっちも。

「……羽鳥、君?」

「あれ?ぬらりひょんじゃん。ぬらりひょんも夏祭り?こういう所来るタイプじゃなさそうなのに」

希美の呑気な声も遠く聞こえる。
世界が2人だけになったような気がした。
どうして、こんな人混みの中に。
どうして、そんなに汗だくで。
どうしてそんなに、泣きそうなの。

「何だよ……ピンピンしてんじゃん」

「え……?」

「あんた、待ち合わせ場所も時間も言ってくれないから、とりあえず駅行ったけど……何度電話しても出ないし、あんた男に絡まれるの好きだから、何かあったのかと思って、探し回って……なのにアホ面晒して呑気にたこ焼きとか食ってるし……何それ、すげぇ、ムカつく……」

膝に手をつき、肩で息をする楓。
彼の言葉を聞いて初めてスマートフォンを確認する。
着信履歴は楓の名前で埋まっていた。
周りの騒音で全く気付いていなかった。
それに、待ち合わせ場所も結局忘れてしまっていた。
楓は律の身を案じて、この人混みの中を探し回っていたらしい。
嬉しさと申し訳ない気持ちで胸の中がいっぱいになった。

「ごめん……っ」

「まぁ、いいけど……それより早く、ここ離れたい……さっきまであんたのことしか考えてなかったからどうにかなってたけど……っ」

言葉の続きは、口許を覆った手の中に吸い込まれる。
見れば彼の顔は真っ青だ。
律はすぐに楓に駆け寄り、その体を支えた。

「大丈夫?近くに公園あるから、とりあえずそこに行こう」

夏祭りの会場なんて、教室の比ではない。
きっと彼の中には様々な感情が流れ込み、彼を押し潰そうとしているのだろう。
とにかく楓を、人から遠ざけなければ。

「りっちゃん大丈夫?ぬらりひょん、具合悪いの?」

「あ、うん。気持ち悪いみたい。休める所に連れて行ってくる」

「ごめん、私もう帰らなきゃいけないんだけど……」

「1人で大丈夫。またねのんちゃん」

親友と別れ、律は楓を連れて人混みを掻き分けた。

「もう少しだからね」

もう少しで人混みを抜け、小さな公園に着く。
そこはあまり人も来ないだろう。
頭の中で道順を思い出しながら、足を進める。

刹那。

鼓膜を破る程の爆音と、世界を消し去るような白い光が辺りを包んだ。
それまで騒がしかった会場が一瞬静まり、別の意味でざわざわとどよめきたつ。
どうやら近くの屋台が何らかの理由で爆発を起こしたらしい。
楓と律のいる場所からは距離があったため、被害はなかったが、近くにいた人の中には怪我をした人や、倒れ込んでいる人もいる。
救急車を呼べだの、担架を持ってこいだのと叫び声が飛び交う。
その時、肩にがくん、と楓の体重がのしかかった。

「っ……」

「羽鳥君……!?」

足の力が抜けてその場に跪く楓の顔色は、先程より青白く血の気が引いていた。
額には大粒の脂汗が浮かび、苦しそうに顔を顰める彼の呼吸は浅い。

「羽鳥君……!」

「ッ……は、ぁ……っ」

呼吸は次第に早くなり、引き攣る喉がひゅ、と音をたてる。
対処法も分からず、ただ彼の背中を摩っていると、近くにいた運営側らしき男が駆け寄ってきた。

「怪我人ですか!?」

「っいえ。怪我はしてません、けど、パニックに陥ってるみたいで……人のいない所にいけば落ち着くと思うんですけど……!」

この状況で、無理を言っているのは百も承知だ。
しかし、律にとって周りの人間より楓の方が大事だった。
スタッフは無線でどこかへ連絡をすると、立ち上がることさえままならない楓を抱え上げ、近くにある自治会館へと連れて行ってくれた。
彼は移動中に意識を失っていたようで、先程まで苦しげに見開かれていた目は固く閉じられている。

「使用許可は取ってあるので、ここで休んでいてください。水道やコンロは自由に使ってくれて構いませんので」

「ありがとうございます。あの、さっき何があったんですか?」

楓を布団に寝かせるスタッフに、律はおずおずと聞く。
彼の話によると、どうやら屋台で使用していた古い発電機がショートし、火が出たらしい。
だが救急車を呼ぶ程の大怪我をした人はいなかったらしく、周りにいた全員が無傷か軽傷で済み、医療ブースで処置をしているとの事だった。
発火からさほど時間も経っていないが、すでに事態は収束に向かっているから、花火も問題なく上がるだろうと教えてくれたスタッフは、現場の支援へと向かった。
小さな自治会館の中に、楓と律だけが残される。先の騒ぎが嘘のように、辺りはしんとしていた。

遠くで花火の上がる音が聞こえる。
窓を開けて空を見上げるが、そこはビルの真横。音が虚しく聞こえるだけで、空に広がる華は見えなかった。
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