TouKen

□あなたの世界に生きられたらいい
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徴収した部費の提出に行くために、職員室の前で副部長と待ち合わせた。あたりを見渡すと、彼は遠くの方からランニングマンのように颯爽と登場し、足踏みを止めずに頭を下げた。

「悪い!犬の散歩をしていたら遅くなっちまった」

「大丈夫だよ。部費持ってきてくれた?」

「ここにまとめてあるぜ」

「ありがとう。ていうか御手杵、ワンちゃん飼ってたんだね」

「飼ってねぇけど?」

彼はスッと足踏みを止め、職員室の中に入って行った。無慈悲な会話だと思った。同日の昼休み、図書室に静が居たので先の話をすると、彼は読んでいた本を閉じてこちらに向いてくれた。

「待ち合わせが校内な時点で、犬の散歩を遅刻理由にするのはおかしい気がするが・・・」

私は世界の闇に気づき「そっか」と返した。彼はポケットからイチゴとブドウの飴を取り出し両手に乗せて、どうぞ、という風に首をかしげた。強欲な私が両方取ると、彼は「豪気だな・・・」と頬を染めた。彼のツボが分からない。静は薙刀部の部長だ。クラスは違うけれど、薙刀部は私がマネージャーをしている杖術部の隣で稽古をすることが多いから、自然と仲良くなった。ふと見ると、彼が読んでいた本は『公認会計士』だった。

「あ、その本」

思わず指さすと、彼は「あぁ」と馴染みの笑みを見せた。

「ご親戚のところでバイトしてるんだっけ?」

「半年ほど前からだな」

「すごいね。どんなことするの?」

「別にすごくなどはないぞ。ほとんどが雑用だが・・・間近でノウハウを学ぶことが出来る。目指している身としてはありがたいことだ」

「いいねぇ。でも大変そう」

「学生だから出来ることは限られているが、為になることも多い。興味があるなら、来るか?」

「えっ、私なんかが行っても大丈夫かな?それに、ちょっと気になるだけで・・・目指すかはまだ分からないし・・・」

「問題ない。時給もなかなかいいぞ」

「俄然興味出てきた」

「では、俺から上長に伝えておこう。・・・俺が傍についているから、心配するな」

「本当?嬉しい!ありがと、静」

「お、俺もお前と居られて」

「真っ昼間からうちのマネージャー口説くな」

微笑む静の真後ろの衝立から現れたのは、御手杵だった。静は声だけで誰だか気づき、「槍ィ・・・」と持っていたペンを握りつぶした。

「口説かれてませんけど」

私が笑うと、御手杵は「どーだかなぁ」と言いながらイスを引きずってきて私と静の間に置いた。座ろうとした瞬間、青筋を立てた静が長い脚でそれを制した。

「なぜここに置く」

「いいだろぉ別にー」

「いいわけがあるか」

「静、落ち着いて」

「二人に聞きたいことあんだけどさぁ」

御手杵は無視してつづけた。静は歯ぎしりしながら脚をおろした。そういえば、一度殴り合いになったとき部活で使っている薙刀と槍がどこからともなく現れて大変なことになった。急遽張られた規制線の中で、生徒たちがしていた噂を聞いた限りではどちらもどこかの「ヘッド」だったらしい。頭ってことはおヤンキーってこと・・・?確かに二人とも部活中以外でも殺気出てることあるし、もしかしたら・・・?でも、詳しいことは誰も教えてくれなかった。

「今度、ケビイシ校と交流会あるだろ?俺、そこで一発芸やれって言われててさー」

「先輩に言われてたやつ?無茶ぶりだし、断れば」

「いや、笑いは取っときたい」

「ちょっと何言ってるのか分からない」

静は揚々と話し続ける男を椅子ごと持ち上げて自分の位置と入れ替えた。

「俺、アフロとかちょん髷とかつけて出ようと思ってんだけどさぁ。ベートーベンみたいなヤツと迷ってて」

「あ、一昨日投稿してた写真?」

「お!チェックしてくれてんのかー、ありがとな」

「ううん勝手に流れてきただけ」

「静形も交流会出るだろ?立食式みたいだし、けっこう話せそうだよなぁ」

「阿呆、同校で固まってどうする。それに俺はお前が出るのなら欠席する」

「静、来ないの?私、会いたかったな・・・」

「すまん、前言を撤回する」

「俺のズラ貸してやろっか?」

「今ここでお前を消せば当日会わずに済むな」

「極端すぎるんだよぉ!グレーゾーンを持てよ!」

「御手杵、難しい言葉知ってんね」

「天変地異が起こるやもしれん」

ミーハーな先輩の命令で慣れないSNSをやらされるハメになった御手杵は、意外とマメでちょくちょく写真付きで近況報告をしている。素朴な文章に魅力があるのか意外と学外にもファンが多い。

「ね、静にも見せてあげて。ロングヘアのやつ可愛かった」

「いいぜ。えーっとどこだったかな・・・」

「私も探す」

端末を取り出してタップする。静も控えめに顔を寄せて一緒に見ていた。

「静はSNSやってないんだっけ?」

「あぁ。何を書けばいいか分からなくてな・・・」

「なんでもいいんだよ。アカウントの作り方教えよっか?」

「本当か」

「あったこれだ、イイネ1000件のやつ」

「槍貴様ァア!」

「ど、どれどれ」

二人の意識を逸らすためにも大げさに端末を見るよう促した。私は爽やか大男がロングヘアにカチューシャをつけたラブリーな画像を期待して画面を覗いたのだが、御手杵が見せてきたのはまったくもって違う投稿内容だった。

『”うちのマネージャー、俺の前だと実家の柴犬みたいで可愛い!”』

「え・・・?」

見せられた画面には、大きなハートと御手杵家が飼っているであろう柴犬が写っていた。さっきまで喧嘩の仲裁をしようとしていた手で御手杵の胸ぐらをつかみあげた。

「なに投稿してんだテメェ・・・!」

御手杵は照れながら「やっぱ似てんだよなぁ」と微笑んだ。静はあたふたと宥めようとしていて、可憐な少女のようだった。私は噛みつく勢いで叫んだ。

「犬は飼ってねぇつってただろうが」

「だとしても!あの投稿は絶対に消さねぇ!だって本当のことだから!」

御手杵が選挙かというくらい堂々と言い切ったので反射的に頭突きをくらわせた。

「俺が・・・”刺した”んだ・・・皆も心も」

「ヤキ、入れたほうがいいみたいだね」

「ど、どちらが本物のヤンキーか分からなくなっているぞ」

「俺はヤンチャな子・・・嫌いじゃねーけど?」

イスの上に乗った私は流し目でキメる男の胸ぐらを締め上げて微笑んだ。

「静、写真撮って?#下剋上。このまま御手杵の鼻にお酢流し込むところ投稿するから」

腕の中で暴れだした御手杵を前に静を見ると、端末を構えた彼は恍惚とした顔で「俺の想い人はなんと凛々しいのだ・・・」と目を潤ませていた。

...end...


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