◎陽炎の嘘◎

□【転生学パロ1】ここから始まる新たな関係
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 夏休みも終わり、二学期初日の九月一日。九月とはいえ、朝から夏の熱気を思い起こさせる日であった。
 道ゆく学生や大人たちは、その夏のような日差しを浴びながら目的地を目指して行く。
 学生は学校へ、社会人はそれぞれの職場へ。
 その学校へ向かう学生たちの中に、長身で黒髪の少年とすこし低めで色素の薄い髪色のふたり連れの男子高校生が、彼らの通う学校へと向かっていた。

「瀬戸、聞いた?」
 口火を切ったのは色素の薄い少年――鹿野修哉であった。聞いた、という、主語もなにもない一語だけでは、なんのことかわかるはずもなく、瀬戸と呼ばれた少年――瀬戸幸助の選択は、無視を決め込んでべつの話題を振るか、問い返すか、の二択しかない。そして彼が選んだのは、後者であった。
「なにをっすか?」
「今日、転入生がくるんだって」
「そうなんすか?」
「あれ? 知らなかった?」
「知らないっす。鹿野こそ、なんで知ってるんすか?」
「職員室に行ったら、先生たちがそんな話をしてたんだよ」
「ああ、たしか、補習で夏休みの半分以上潰れたんすよね」
「それ、言わないでくれる?」
 じとりとした視線を瀬戸に向ける。鹿野は期末試験の科目の大半を落としてしまい、夏休み初日からお盆直前まで補習を受けていた。本来、彼は成績が悪いわけでもないのだが、試験直前に風邪をひいてしまっていたのだ。高熱が下がったばかり、加えて鼻詰まりで脳がぼんやりとしている状態で試験に臨んだばかりに、悲惨な点数を叩き出してしまったのである。万全の状態であれば、上位から中位に位置している。ちなみに瀬戸はというと、そんな鹿野と同位ほどであるため、補習の必要がなかったのだ。
「瀬戸こそ、夏休みは相変わらず放浪してたの?」
「後半はしてたっす。でも、前半は課題とバイトで大人しくしてたっすよ?」
「はー、相変わらず、多忙な休みの使い方してるねー」
 感心しているのか、呆れているのか微妙な表情を向けて見せる鹿野を尻目に、瀬戸の態度はあっけらかんとしたものである。
「そうっすか? 俺としてはそれで充実してるんすけどね」
「で。出会いはあったの?」
 なにかに期待をするようにニヤついた笑みを浮かべている。内心、そのニヤついた顔を殴りたいという衝動と葛藤しつつ、夏休み中のできごとを記憶の抽斗から引き出そうと試みる。そして、それを見つけ出した。
「あっ。隣の市にある森に行ったときに、かわいい鹿がいたっす! ほかの鹿に比べて小さかったんで、こどもだったみたいっす」
「いや、人間の女の子のこと訊いてんだけど。誰がこの流れで、動物の話を振ると思ってんのさ……」
 瀬戸の天然爆発予想斜め上の回答に、鹿野は呆れたような仕草で大きな息の塊を吐き出した。
「ああ、そういうことっすか。それなら、期待には応えられないっすねぇ」
 言われてから質問の意図を諒解した瀬戸は苦笑して見せた。そんな反応に肩をひとつ竦めて見せる。
「モテモテで、告られることもしばしば。モテない身としては、選り取り見取りの、羨ましい限りの環境なのにさ。興味ないの?」
「そういうわけじゃないんすけどね。というか、鹿野のほうが、モテてるじゃないっすか。気になる人とか、いないんすか?」
「いまはいないかなー」
 曖昧に答えつつ、鹿野にも同じ内容を返す。鹿野の返答を聞き流しながら、瀬戸は心にひとりの人物を思い浮かべていた。
 瀬戸は誰にも言ったことはなかったが、彼には「前世」というものの記憶があった。そしてその記憶の中でもっとも逢いたい人物がいた。それは記憶のない幼少期から無自覚に、そして無意識にその人物の姿を探し求め、記憶の戻った小学五年生のころには実際に捜そうとあちらこちらへ足を延ばし、周囲に放浪癖認定を受けてしまった。それ以来、長期休みのたびに捜すあてもないまま、捜し続けていた。しかし、この夏休みも例外なく捜し人を求め続けたのであるが、見つけることもできずに今日を迎えたのである。
 いま彼の隣にいる鹿野も「前世」では幼馴染で兄弟のように育った親友でもあった。しかし、彼は「前世」の記憶がなく、「前世」では母子家庭であったが、「現世(いま)」は両親も揃った一般家庭に育っている。
 瀬戸自身も「前世」では物心つく前から孤児院の世話になっていた。そして「現世(いま)」では鹿野と同じく一般家庭に育った。
 鹿野とは高校に入ってから再会し、記憶がないのだと確信したものの、「前世」云々を抜きにしてもなにかと馬が合う。それに鹿野は電車通学、瀬戸はバス通学で、高校の最寄駅から学校まで同じということで登下校を共にするようになったのである。
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