香薫る道

□金色の華
1ページ/11ページ

その町には色彩がなかった。


否、在るには在るが、華やかで美しい


色がないのである。


どの色も水墨を混ぜたような濁った色で


霞んで見えた。明るい色を映し出すための


天の光も厚い雨雲に覆い隠され、


その輝きに謁えることはできない。


人の目にも輝きはなく、ただただ今日という


日を過ごすために生きていた。


からん...ころん...からん...


色無き町に高下駄の音が鳴り響く。


大きな背負い箪笥を背に負っているのは


浅葱色の派手な着物を着た美丈夫。


亜麻色の髪に見え隠れする端正な顔には


猩々緋と浅紫をのせている。


切れ長で青藤色の瞳は何者をも魅了した。


早速一人の茶屋の娘が極彩色に声をかけた。


「ちょいとお兄さん、茶でもどうだい?


お兄さんなら安くしとくよ。」


極彩色の男はゆったりと振り返り、


「では 有り難く・・・」


と言い茶屋に腰かけた。


「お兄さん、随分大きな背負い箪笥だねぇ。」


「薬売りが生業でしてね 歩きに歩いて


この町に 辿り着きまして 」


「それはご苦労だったねぇ。この町には


薬師もろくに来やしないから町中兄さんの


話で持ちきりさ!」


「そう ですか・・・・ 


薬が入り用でしたら是非・・・」


「多分この町じゃあ兄さんは


引っ張り凧だよ!薬が売り切れちまうよ!」


茶屋の娘はかっかっと笑う。


「では 暫くこの町で商いをしましょう


ここの御領主様は 何処に・・・?


ちょいと ご挨拶にと 思いましてね」


「御領主様のお屋敷ならこの大通りを


真っ直ぐ進んで突きあたりを左に進んだ


小さな丘の上だよ。でも、気を付けなよ。


この町の御領主様は男色だって噂だよ・・・


お兄さん、美丈夫だからさ・・・」


「それは それは・・・


困っちまいますねぇ・・・しかし・・・


何故 そんな噂が 出てるんで・・・?」


極彩色は鋭い目で娘を見る。


年頃の娘はよしきたと言わんばかりの


嬉々とした表情で小声で男に告げた。


「何でも、お屋敷には器量良しの童しか


居ないみたいだよ。二軒先の酒屋が


言ってたのさ。その中でも、とびっきりの


美丈夫がいるみたいでさ。橙色の綺麗な


着物を着てて、そりゃあもう周りの童とは


比べ物にならないくらいっだってさ!


それもさ、目の色が黄金色だって話さ!


天女だって言う人もいれば、妖だって言う


人もいるよ。本当の事は分からないけどね。」


娘は興奮気味でつらつらと言葉を並べた。


極彩色は興味深そうにそれを聞いていた。


「そいつぁ 一度会ってみたいもんだ」


その言葉に娘が首をと振る


「それは難しいね!


その人は御領主様のお気に入りだからね。


ずうっとお屋敷の離れに居るみたいさ。


酒屋は御領主様から少しばかり話を聞いた


だけなんだってさ。会ってはいないみたい。」


「そいつは 残念だ・・・


さて そろそろ私は お屋敷へ・・・」


極彩色は再び背負い箪笥を背負い、


娘に値引きされた茶代を渡し、


からん...ころん...と高下駄を鳴らした。


箪笥の最上部からは


歩く振動でなのか、かたかたかた...と


何かが揺れ動く音がしていた。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ