Reminiscence

□騎士と下町と
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数週間前に読み進めることを諦めた厚い本を弄びながら、下町を眺める。皆太陽に焼かれながらせっせと働いており、その中心には二階建ての家を優に超える水柱が立っていた。荒々しく水を吹き上げる水道魔導器の周りには水しぶきが舞い、周囲を濡らしている。

晴れているのに雨が降っているような、不思議な景色。雫が光を反射して存在を示し、地に染みを作った。

「カッツェ、暇なら降りてこいよ」
「今いいところだから放っといてほしいなぁ」
「何言ってんだ、一ページも読んでねぇだろ。早くしねぇと下町が魚しか住めなくなっちまう」
「ワフッ」

その景色に見とれていた私を邪魔するかのように、窓の下からこちらを見るユーリとラピード。
彼が私を呼んでいる間も、水が空を、人を濡らしていく。晴れているのに、太陽は照っているのに。

綺麗だ、と。私の頭では幼稚な感想しか出てこないらしい。そろそろ痺れを切らしそうなユーリに生返事をし、本を閉じて窓際に置いた。
そう言えば、この本を買ったのは澄んだ青の表紙に惹かれたからだったと思い出しながら、窓の縁に足をかけた。


水柱は遠目で見るより、間近で見上げる方が何倍も綺麗だった。太陽の光を透かす柱は、その綺麗な見た目に似合わず下町を飲み込もうとしている。
先ほどのユーリの言葉を思い出す。きっと水に飲み込まれてしまった下町では、魚が優雅に舞うのだろう。そして、揺れる水面から微かに沈んだ街が見えるのだ。

何処かで聞いたことのある話だと、思い出そうとして諦めた。今の私には何日、何ヶ月かけても思い出せない。

水面に揺れる下町に思いを馳せながら水道魔導器を見れば、魔導器のちょうど真ん中、魔核が嵌っているはずの場所に空間ができていることに気づく。ユーリを見ればどうやら彼も気付いたようで、土嚢を積んでいるハンクスさんと何やら話していた。

「貴族街に住んでるモルディオとやらが最後に魔導器を触ったんだと」

モルディオが貴族というのはハンクスさんから聞いたらしい。そしてそのお貴族様が修理に来たが、手抜き修理どころか魔導器の要である魔核を奪って逃走した、と。
魔核を失った水道魔導器は水を制御できなくなり、今に至る。

「へぇ、私貴族街ってあんまり好きじゃないんだけど」
「たまには殴り込みもいいじゃねぇか、行くぞ」

悪人のような笑顔をこちらへ向けるユーリにわざとらしくため息をつけば、ラピードが冷たい視線を寄越してくれた。
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