book.

□甘い熱だけを残して
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目覚まし時計の音が遠くで聞こえた。
音は段々と近くなって覚醒し、時計を止めようと身を起こした。
だけど、体がだる重いことに気づく。更に悪寒もする。
未だ鳴り響く時計をいうことの聞かない体に鞭を打ち、やっとの思いで止めて枕に頭を預けた。

あぁ、やってしまった…と頭の片隅で思った。

「おいユリ、そろそろ起きろ」

いつまで経っても動き出さないわたしの耳にPETの中から声が聞こえた。

フォルテだ。
PETに彼が映し出され、怪訝そうな顔が見える。

「どうした……っ!貴様、まさか」

いつもより顔が赤いであろうわたしの顔を見て察したらしく、フォルテはすぐさまコピーロイドにプラグインした。

コピーロイドがフォルテの形になる様をぼんやりと見ていたが、そのまま意識は落ちてしまった。



──────……

額に冷たい感覚がして覚醒した。まぶたを開けると、額には濡れタオルが乗せられていた。

「フォルテ…?」

タオルを乗せた張本人の名を呼ぶと、キッチンから姿を現した。
おぼんの上に小さめの鍋を乗せ、ベッドの傍に来た彼は苛立たしく言った。

「ただの風邪だ。…事故管理くらいきちんとしろ」
「ごめんなさい…」

注意されてしまい、すかさず謝る。
最近風邪が流行っていたから気を付けてはいたが、努力も虚しく引いてしまったようだ。
だが何より、咳など喉の痛みは無く、熱だけで済んだのは幸いだった。

ふと、彼が持ってきた鍋が視界に入った。
…なんだろうか。

「フォルテ、それ…」
「…風邪にはこれがいいと聞いた」

蓋を開けると、モワッと湯気が飛び出し優しい匂いがする。
玉子粥だ。

「わぁ、美味しそう!もしかしてフォルテが?」
「…フン。味の保証はせん」

小皿に取り分けて手渡されると、じんわりと温かさを感じた。
匙で少しだけ掬い、口の中に入れれば卵のまろやかな味が広がった。
少しだけしょっぱかったけど、心も体も温かくなった。

「美味しいよ、フォルテ」
「…そうか」
「うん、すごく美味しい」

動かしづらい腕をなんとか動かしながら食べるわたしを、フォルテは静かに見守ってくれた。


それから粥を食べ終わり、薬を飲んだわたしはベッドに潜り込んだ。

フォルテが、濡れタオルをわたしの額の上に乗せてくれたので、その冷たさに目を細めた。
ふぅ…と息を漏らすと薬が効いてきたのか、少しずつ微睡んできた。
ウトウトとしていると、フォルテがどこかに行こうとしたので、無意識にマントを掴んでしまった。

「…あれ…」
「…おい」

困惑したわたしに、何故貴様までそんな顔をする…、と言うフォルテの言葉に何も言えなかった。
孤独を好む彼に、寂しいからここにいて、だなんて言えるわけがない。

「…チッ」

いつまで経っても手を離さないわたしに舌打ちをし、フォルテは無造作にその場に座った。

「ごめんね…」
「…フン、謝るくらいならさっさと寝ろ」

取り敢えず謝ってからマントを離すと、少しだけ心細くなった。
もうちょっとだけ掴んでいればよかったかもと後悔した。
本当に人は、病気をすれば人肌が恋しくなるみたいだ。

「……」
「仕方ない女だ…」

すると、何かを察したフォルテが、ため息混じりに一言呟くとわたしの手を握ってきた。

「え、ちょ、フォル…っ!」

まさかの彼の行動に酷く困惑した。
もともと高かった体温が更に上がってしまったんじゃないかと思うほど、顔が熱くなった気がする。
握られた手に意識を向けると、決して温かいとは言えないコピーロイドの手にまた上がった。
だけど、心はすごく満たされ安心した。

フォルテの手って結構大きいんだ…と思いながら彼に視線を向けた。
怖い顔をしていたけど、瞳の奥は優しく感じた。

「ありがとう、フォルテ」

眠る前に、手厚く看病してくれたことを思い出し礼を言えば、そっぽを向かれてしまったが、握られた手に力が加わった。
それが、彼なりの返事だと思い込むことにして内心笑いながら、わたしは目を瞑った。


その後、すぐに夢の世界に飛びだったわたしには知る由もない。
フォルテがわたしの頬を撫でてから唇に熱を残してPETに戻ったことなど。


-Fin-
→あとがき

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