長太郎受けメイン

□眩しい君
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東京はどこに行っても心が休まらない。
この街に引っ越してきた、当時小学生だった僕・花岡ケンジは、周りに住むみんなが私立の氷帝学園に行く中、僕だけは学力や財力が足らず、公立の中学に通うことになった。
そのせいで、僕は学校で、負け犬と罵られ、嘲笑われている。
ぷくぷくと太った身体、 魅力のひとつもない顔面、内から発せられる陰気な雰囲気。誰もが僕のことを忌み、避けていた。

そんな中、家族以外で、唯一僕に笑顔を向けてくれる人間がいた。

「おはようございまーす!」

朝に出会うと、必ず笑顔で挨拶をしてくれるのは、近所に住んでいる、弁護士の鳳さん家の、長男の長太郎くんだ。

「お、おはよう……」

光を纏ったようなきらきらとした笑顔で、幸せに満ち溢れてる、なんの汚れも知らなさそうな、二歳年下の男の子。
前髪の下から見える丸いおでこ、クリクリの大きな目、制服の半ズボンから伸びる、すらっとした細い脚。
長太郎くんは、陰気な僕とはまるで違って、眩しいくらいの男の子だった。

彼が、不細工やキモいなどと罵倒され続ける僕の、大きな癒しだったんだ。
玄関を出ると、いつも小走りな長太郎くん。一度、勇気を出して、どうしていつも慌ててるの?と聞いたことがある。
すると、「友達を待たせてるんです」と、屈託のない表情で笑うのだ。

今は心優しい長太郎くんも、いつかは周りのヤツらのように、酷い言葉を簡単に吐くようになってしまうのだろうか。
そう思うと、永遠に今のままでいて欲しい。
僕は、毎日近所の長太郎くんのことを考えては、下品で淫らな妄想にふけったり、オカズにしてオナニーをしていた。背徳感が、堪らなかったんだ。





ここ一年、朝に長太郎くんと出会うことは無くなってしまった。
現在中学三年生の長太郎くんは、中学校に入ってから、部活を始めたらしい。それも、運動部に。
音楽を嗜む一家だったのに、長太郎くんが運動系の部活に入ったのが驚きで、どんなスポーツをしているのか気になってはいた。
でも、いざ長太郎くんに会うとなると、緊張して挨拶もままならないかもしれない。という訳で、待ち伏せをする勇気も湧かなかった。

「いってきます……」

家を出て、高校に通うために、駅までの道を歩いていた。どうせ今日も長太郎くんはいない。
長太郎くんの家の前を通り過ぎ、朝からどん底の気分で歩いていると、後ろの方で、「いってきます」と爽やかな声が聞こえた。
まさかと思い振り返ると、そこには背の高い男の後ろ姿が見えた。

「あの制服、氷帝学園の……」

間違いない、氷帝学園中等部の制服だ。
だけど、僕の知っている長太郎くんは、小柄だったんだ。長太郎くんではない……。
早く歩き出さないといけないのに、彼の顔を見たくてその場から動けない。

「まさか、まさか……」

ドアを閉めた男が、ゆっくりと振り返る。
そこには、遠くから見ても分かる、整った顔立ちの男が立っていた。

「長太郎くん……?」

別人だと思った。
背丈が、一気に並の大人よりも高くなっていて、体付きも随分と変わっている。
彼は僕に気がついたのか、ちらっとこっちを見ては、歩いて距離を縮めてきた。
近くなるにつれて、急成長した彼の輝く雰囲気に圧倒されそうになる。

「おはようございます」
「お、おはよう……長太郎くん」
「久しぶりですね」

ニコッと微笑まれ、あぁ、あの頃の長太郎くんと全く変わってないと、涙が出そうになった。
暴言を吐く人間に慣れていても、太陽のような暖かさを持った長太郎くんの存在には救われていた。
大人になった長太郎くんも、顔にはまだ幼さが残っていて、可愛らしい。
僕より二十五センチほど大きい長太郎くんは、今すぐ抱き枕のように、抱きしめてしまいたいくらいの破壊力だった。

「あ、ひ、久しぶり……」

感動して言葉が出てこない。
身体が焦りと興奮で熱くなってきた。
なにか話をして引き止めないと、長太郎くんは俺を置いて行ってしまう。

「っと……」

何をしているんだ、僕は!
長太郎くんは年下なんだ、会話のひとつくらい、僕が──……!

「花岡さん」
「は、はひっ!?」
「花岡さん、地下鉄に乗りますか?」
「あ、え、乗るけど……」
「じゃあ、一緒に行きませんか?」

隣にいるだけで不快だと言われる僕と、通学を共に……?
長太郎くんの底なしの心の清らかさに、恐怖を覚えるくらいだ。
勿論オーケーな僕は、壊れた人形のように縦に首を振り、意思表示をする。

「嬉しいよ、本当に……」
「えへへ、良かった」

夢にまで見ていなかった。長太郎くんと並んで歩くなんて。
こうして人と一緒に登校するのは、人生で初めてだ。
溢れそうな嬉しさを堪え、歩き続けた。
すぐに沈黙を作ってしまう僕に気を使っているのか、長太郎くんは積極的に話を切り出してくれた。

そこで、長太郎くんがテニスをしているという情報も手に入れてしまった。
長太郎くんに握られるラケットが羨ましくて仕方がない。


駅まで来ると、東京の朝はいつも混雑している。
中間くらいの車両に乗り込むと、満員状態の車内は、少し揺れると人の圧で押し潰れてしまいそうだった。
端っこに追いやられ、持ち手がなく、必死に踏ん張って立っていると、大きく揺れた際に、バランスを崩した長太郎くんに、巷で言う壁ドンをされてしまった。
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