彩るは、白

□第五話
1ページ/1ページ

「それじゃ早速だけど、昨日言えなかったあの話から相談に──」


まいやんがそう言いかけて、私の上から起き上がろうとした時、部屋のドアが突然開いた。


「しーちゃん、なぁちゃんどうだったー……って。え?」


入ってきたのは、ななみんだった。
レッスン後だからか、軽く息を弾ませて、こめかみには汗を浮かべている。


「な、ななみん……!?」




何だろう。こんな感じのやり取り、前にもあったような……。




ななみんはドアノブに手を掛けたまま、その場で固まっている。


瞬き一つせず、表情も変えず、ソファの上で偶然重なり合っていた私達を見つめて。
数秒間、部屋には沈黙が広がった。


「ごめん、お邪魔しました」
「ちょ、待って、違うから! 邪魔じゃないし誤解だから、待ってってば、ななみん!」


無駄のない動きで素早くドアを閉めようとするななみん。
それを引き留めようと、まいやんはソファから起き上がって全速力で駆け出す。


ドアが閉まり切るまで残り数十センチのところでその隙間に足を入れて、妨害することに成功した。
成功したけれど、ななみんはそんな事はお構いなしに、無理矢理にでもドアを閉めようとしている。


「痛たたた、ってちょっと! 私の足挟まってるから!」
「自分でわざわざ挟まりに来たんだから、そりゃ挟まるよね」
「そうだけど! そうじゃなくて、何で挟まってるのに力ずくで閉めようとしてんの!」
「二人きりの大切な時間を一秒でも邪魔したくないから、早く立ち去りたいなと思って」
「だ・か・ら、至って健全で真面目な話をしてただけだから!」
「押し倒した側の人間は皆そう言うんだよ」
「流石にひねくれ過ぎでしょ!?」


ドアの開け閉めを巡って繰り広げられる一進一退の攻防。
まいやんが「いいから中に入れ!」と強引にななみんを部屋に引っ張り込んで、決着がついた。


あれだけの抵抗を見せたのに意外とあっさり中に入る涼しい顔をしたななみんと、顔を赤くして息を切らすまいやん。
どっちが勝者でどっちが敗者なのか、よく分からなくなった。
ただ、ななみんの人を小馬鹿にするような薄笑いを見るに、まいやんがおちょくられていたのは確かだ。




私はというと、最後までソファに座ったまま見守っていた。
何というか、二人のコントのようなやりとり見ているのが好きだから、邪魔をせず黙って見守ることが多い。


仮に、二人がコンビを組んだとしたら、ボケがまいやんでツッコミがななみんのイメージだった。
でも、昨日今日のコント的に、逆の方が実はしっくりくる気がしなくもない。




そんな他愛のない事を考えていると、ななみんが私の隣に腰掛けた。




「なぁちゃん、体調はどう?」
「うん、まだちょっと頭が痛いけど、朝より大分良くなったよ」
「そっか。良かったね」


そう言って微笑むと、頭を撫でてくれるななみん。
すると、何かに気付いたのか、ぴたりとその手が止まる。


「なーちゃん、目腫れてない? 頬も濡れた跡があるし……」
「あ、えっと、気のせいやよ、あはは……」


何とか笑って誤魔化せたらと思ったけれど、ななみんは微塵も笑ってなくて怖かった。
そして、ななみんはゆっくりとまいやんの方へ視線を移す。
まいやんはというと、私と同じように「あはは」と苦笑いをしながら全力で視線を横に逸らしている。


「しーちゃん?」
「あ、いや、違うんです。これに関しては、本当に複雑な事情がありまして……」
「ふーん、事情?」
「ななみん、まいやんはほんまに何も悪ないねん。実は──」


私は、この部屋でのまいやんとのやりとりを全て話した。


ななみんはずっと真顔のままだったけれど、話し終えると同時に安堵した表情を見せた。
ななみん曰く、私が泣いていた理由は昨日の帰り際のまいやんとの話が関係しているのだと、あらかた察しはついていたみたい。


ただ、一点。
部屋に入った時に、私が押し倒されるような形でまいやんとソファーの上で重なり合っていたことは想定外だって言ってるけれど。


「やましいことなんて何もないもん! 不可抗力だもん!」
「はいはい」


恥ずかしがりながら駄々をこねるように否定するまいやんを軽くあしらって、慌てふためく様を面白がるななみん。
毎日こんな感じにいじられとるし、まいやんも色々大変やな……。








「ま、冗談はそのくらいにしておいて。それじゃ、私は退席しようかな」


ななみんはそう言うと、さっきまでとは打って変わって真剣な表情をして、ソファから立ち上がる。


「えっ、何でよ?」
「なぁちゃんはしーちゃんに大切な話があるんだから、そこへ勝手に首を突っ込んでいくのは配慮に欠けるからね」
「んー、それはー……」


まいやんが私に視線を送ってくる。
その表情から、「判断は任せるよ」といった意思が伝わり、私はこくりと頷いた。


ななみんとまいやんほど、心強い相談相手はいない。
これから先に何かしらの迷惑を掛けてしまうかもしれないから、正直怖かったけれど。
それでも、まいやんの言葉を信じて、私はななみんに打ち明ける。


「あの、ななみん」
「ん?」
「もし迷惑じゃなかったら、その……。まいやんと一緒に、ななの相談に乗ってくれへん?」
「えっ、でも」


ななみんは少し戸惑っているようだったけれど、まいやんがななみんの肩に手を乗せた。


「ほら、なぁちゃんが聞いて欲しいって言ってるんだから、断る理由なんてないでしょ」
「それはそうだけど」
「一人より二人の方が心強いに決まってるし、それがななみんなら尚更だよ。ね、なぁちゃん」
「うん」


私の思いを汲み取って、まいやんが決断を促してくれる。


「本当にいいの、なぁちゃん?」
「うん。ななみんにも、聞いて欲しいな」
「そっか……そう言ってもらえて嬉しいよ。それじゃ、私にも協力させてね」


ななみんの返事に、私は安心した。
まいやんも「やったね」と言わんばかりに私に向かってガッツポーズを見せてくれから、私もそれを真似て返した。


「なーんだ、結局オッケーなんじゃない」
「当たり前でしょ。私だって先週からずっと心配してたもの」
「なら、何で出て行くなんて言ったのよ?」
「しーちゃん、先週からずっと『なぁちゃんのこと、どうしたらいいかな』って私に言い続けて来たくせに、最後の最後で一人で勝手に抜け駆けして、
 なぁちゃんの心を開いちゃってるからさ」
「え? それってもしかして、やきもち妬いて出て行こうとしたの──って痛たたた! ギブギブ、ほっぺ取れる!」
「安心して、絶対取れないから」
「ふふっ」




二人のやりとりが面白かったからか、二人という心強い味方を得て嬉しかったからか、不意に笑みが零れる。
それが聞こえたのか、二人は私を見て固まっていた。


まだ何も相談出来てはいないけれど、不思議なことに、今まで抱えていたどんよりとした気持ちが徐々に晴れていく気がした。
大体、一週間。
内容が内容なだけに、メンバーには誰一人として相談することが出来ないまま、影で塞ぎ込んでしまっていた時間。


でも、今は違う。
きっと二人なら、力になってくれる。


解決まで導いてくれなくてもいい。
話を聞いてくれるだけでもいい。


傍に居てくれるだけで、十分嬉しいから──。




「ありがとう。ななみん、まいやん」




そう伝えると、二人は顔を見合わせて、再び私に向き直った。


「どういたしまして」


二人揃って、同じ返事。
その表情はとても優しくて、とても頼もしいものだった。










直後、隣の部屋の扉が開く音が聞こえて、さっきまで静かだった廊下が途端に賑やかになる。


どうやらダンスレッスンが終わり、メンバーがロッカールームへ移動しているようだった。
まいやん曰く、私がゆっくり休めるようにとこの部屋へ運んだことはマネージャー以外には内緒にしたようで、皆は一直線にロッカールームに戻っているみたい。


すると、マネージャーが部屋に入ってきた。
ソファに座っている私の姿を見て安心したのか、マネージャーの焦りで強張っていた表情が和らぐのが分かる。
体調が少し回復して一人でも歩けることを伝えると、「いつでも病院へ出発できる手筈は整ったから、準備が出来次第声をかけて欲しい」と言って、部屋を出て行った。


「この話は一旦お預けかぁ」


ドアが閉まると同時に、まいやんは腰に手を当てて少し残念そうな表情で呟いた。


「ごめんな。ななから相談したいって言ったのに」
「大丈夫、なぁちゃんの体調だって大事なんだから。それに、相談するにしてもここじゃ落ち着かないだろうし……二人とも、今晩は空いてる?」


ななみんの言葉に、私とまいやんは揃って頷く。


「それじゃあ詳しい話は今日の夜にでもしようよ。ご飯でも食べながらさ」
「お、いいねー、大賛成!」
「相談に乗るのは勿論だけど、気分転換も兼ねてと思ってさ。どうかな、なぁちゃん?」


ななみんからの提案に、私は少し驚いていた。


昨日は色んな事情が重なって、やむなく断ってしまった食事の誘い。
そのリベンジのチャンスが、こうも早いタイミングで来たからだった。
何より、主な目的は私の相談事。
そんなの、もう行くしかない。
私は一秒も迷うことなく、即答した。


「うん、ななも行きたい!」


嬉しさのあまり声が上擦った。
恥ずかしさのせいで紅潮しているのか、顔が熱い。
そんな私を見るななみんは、優しく微笑んでくれてはいるけれど、尚更恥ずかしくなってきた。


まいやんはというと……満面の笑み。
少年のように瞳をキラキラと輝かせて、私を見つめている。
何だかよく分からないけれど、ご満悦って感じ。


「よし、じゃあ決まりだね。お店の場所はまた後で連絡するから」
「了解!」


まいやんの陽気な返事。
何というか、ななより嬉しそう。


「さ、マネージャーも待ってくれてるし、そろそろ準備しておいでよ、なぁちゃん」
「うん、行ってくる」


まいやんにブランケットを返して、部屋から出る。
ドアを閉めかけたところで、二人に向かって手を振ると、笑顔で振り返してくれた。


「気を付けてねー」


まいやんのその言葉にこくりと頷いて、私は再びドアを閉めようとする。


その時だった。












「これからは、特に──」












残り数センチで完全に閉じられるドアの隙間から、かすかに聞こえた”誰かの声”。


さっきまでの陽気な雰囲気には不相応な程に、低く、冷たい声色の囁き。


けれど、二人の内どちらかの声なのかも判別出来ない程に小さくて、上手く聞き取れたのか自信はなかった。
そもそも、言葉に聞こえただけで、何かの物音と聞き違っただけかもしれない。


(……何か言われた? 気のせいかな?)


完全に閉め終えたドアの取っ手に手を掛けたまま、数秒間考える。
でも、考えたって答えが出る訳でもないし、かといってわざわざ二人に確認するのも変な話だ。


(考えたって仕方ないか。それより、早よ準備しやな)


私は身支度を済ませるべく、ロッカールームへ急いだ。


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ