彩るは、白

□第一話
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「ありがとうございましたー!」


メンバーと現場にいるスタッフ全員の声が、スタジオに響く。


今日は朝から夕方まで生放送番組の収録があり、私達は選抜メンバーで出演した。
生放送というだけあってスタジオはかなりの緊張感に満ちていたけど、最後まで無事にやり遂げることができた。


挨拶の後、安堵しながらぞろぞろと楽屋へ戻ると、着替えや後片付けを済ませる等着々と帰り支度を進めていく。
生放送の解放感からか、メンバーのテンションは朝と比べて一段と高く、収録の感想やこの後の予定についての会話で賑わっていた。
私も着替えを済ませ、持ち物を全てバッグに詰め終わると、同時にスマホにメール受信の通知が入る。


(ん?メール……)


見慣れたアドレス、マネージャーからだ。


『お疲れ様です。この前話してくれた件、今日が事務所での面談予定日だけど、今から動けそう?』


通知画面に本文全てが収まる程度の短い文章だった。
「この前話してくれた件」なんて曖昧な表現をされているけど、それが一体どの話なのか、私には見当がついている。


”この件”を最初にマネージャー達にへ相談した日から、一週間が経った。
出来るだけ面談を重ね、何度か対策を講じたものの、未だに解決の糸口を掴めずにいる。
取り返しのつかないことが起こる前に、何とかしないといけない。
その思いは、私もマネージャー達も同じだ。


今から向かう旨の返信を済ませて、バッグを肩に掛けた瞬間、背後から勢いよく抱き着かれた。


「なぁちゃん、おつかれー!」
「わっ!?」


後ろから聞こえるとびきり元気な挨拶に驚いたけど、この声を聞き違う訳がない。
身体ごと振り返って「おつかれ、まいやん」と返事をすると、まいやんは満足そうに微笑み、もう一度抱きしめてくれた。


ついさっきまで考えていた嫌な事を、全部忘れさせてくれる。
全身を包み込む安心感が不安を拭い去ってくれて、まるで救われた気分になった。
根本的な解決にはならないけど、それでも、私の心を支えてくれる。


「んー今日も可愛いかったよー!」
「そうかな? ありがとう」
「ね。これからななみんとかずみんと一緒にご飯行くんだけど、なぁちゃんもどうかな?」
「あぁ、ごめん。今日は事務所寄らなあかんくて」
「そうなんだぁ……」


無念なり、と肩を落とすまいやんを慰める。
行けることなら行きたかったけど、今日は我慢しないと。


「ごめんな。せっかく誘ってくれたのに」
「いいよ、大丈夫。また今度リベンジするから! それよりも、事務所に寄るって、マネージャーとかから呼び出し?」
「うん、ちょっと相談事で」
「相談事?」
「そう……まぁ、大した事ないんやけどな」


ほんの少し、ぎこちない返事。
暗い表情になりかけたのを、何とか笑って誤魔化した。


心配かけたらあかん。
"この件"に巻き込んだら絶対に迷惑をかけてしまうし、何より、危ない目に遭うかもしれへんから。


けれど、勘の鋭いまいやんには誤魔化なんて無意味だった。
さっきまでの雰囲気から一転して、神妙な面持ちで私を見つめている。
何でも見抜いてしまうような彼女の真っ直ぐな瞳が怖くて、思わず視線を逸らしてしまった。
その素振りを見て確信したのか、まいやんが声を潜めた。


「大した事ない訳ないよね。事務所やマネージャーに相談するくらいに深刻なんだからさ」
「…………」


図星だった。
何も言えないまま、黙り込んでしまう。
そんな私を見て、まいやんは頭を優しく撫でてくれる。


「何かあったの? 先週から元気ないなーってちょくちょく思ってたんだけど、どうかな」
「ふふ、そんなことも分かるんや……。まいやん、凄いな。占い師みたい」


傍にいる時間が増えた分、色々と見透かされていたのかな。


「でもな……」
「あんまり言いたくない?」
「……うん」
「そっか……、なら、仕方ないか。私から詮索するのもよくないもんね。話せる時が来たら、いつでも相談においでよ」


悲しげな笑みを浮かべるまいやん。
力になれないことを、きっと悔やんでるんだと思う。


「ごめんね」とまいやんは謝るけど、何一つ悪くない。
謝るべきなのは、まいやんの優しさに応えられない私の方なのに。
その申し訳なさに、思わず目が潤んでいく。


「まいやんは悪ない。謝らなあかんのはななやから……ごめんな」
「あっ、あぁーなぁちゃん……!泣かないで、ほら、大丈夫、大丈夫だよーっ」


唇を噛みしめて、ぐっと涙を我慢する。
今にも零れそうなほどに溜まった涙を見るや否や、まいやんは慌ててあやすようにそっと私を抱き寄せてくれる。
泣いたら余計に心配をかけるだけなのに、と自分を責めずにはいられなかった。
もう、ななのアホ……。


「しーちゃん、なぁちゃんどうだったー……って。どうしたの?」
「な、ななみん……!」


私の背後から、ななみんの声が聞こえてきた。
まいやんが私を食事に誘いに行ったっきり中々帰ってこないから、気になって様子を見に来たみたい。
ななみんは私の顔を横から覗くから、目が合った。
今にも泣きそうな私の顔を確認すると、訝しげな目をまいやんに向けるけど、まいやんは慌てて首を振る。


「あ、いや、違うんです、これには色々と事情があって」
「ふーん、事情。誘ってくれたのが泣くほど嬉しかったとか?」
「いや、嬉しくても別に泣くほどじゃないと思うけどなぁ……」


まいやんの言う通り、誘ってくれて嬉しいのは正解だけど、流石に泣くほどじゃない、かな。


「なぁちゃんはこの後予定が入ってるから、また今度ねって話してただけで」
「あー分かった分かった。食事を断ったペナルティとして『好きな時に好きなだけ七瀬の胸を触っていい券』とかそんな感じの
 なぁちゃんにとってデメリットでしかない謎の券をしーちゃんに無理矢理作らされて、たった今それを提示されたとか」
「そんな邪心に満ち溢れた券を作ろうとなんて思ったことないから!」
「あれ、憧れなんじゃなかったっけ? そういうの」
「それは家族間で使える『肩叩き券』とかもっと健全で微笑ましい券の話だから!」
「あぁ、そうだっけ」


肩叩き券の話って、一体どんなきっかけでそんな話題が生まれるんやろ。
そんな事より、何だか身の危険を感じずにはいられないとんでもないワードが聞こえたのは、気のせいだと思いたい。
ただ、二人の他愛のないやり取りを見ている内に、いつの間にか涙は引いていて、代わりに笑みが零れていた。


「ほら、なぁちゃん笑ってくれてるよ」
「えっ……あ、ホントだ! よかった〜。元気出してね、なぁちゃん」


まいやんはそう言って私から離れると、頭をポンポンと優しく叩く。


「うん。まいやん、ごめんな」
「いいっていいって。それじゃ、また明日ねー!」
「また明日、なぁちゃん」
「うん、またね」


手を振りながら部屋を後にする二人へ、私は手を振り返して笑顔で見送った。


部屋を出た先の廊下にかずみんの姿が少し見えたから、背伸びをして大きめに手を振ってみる。
多分気付いてないんだろうな、と少し残念に思いながら部屋を出ようとすると、「なぁちゃんおつかれー!アメイジーング!」という
かずみんの声だけが返ってきた。


まいやんとななみんが教えてくれたんかな。
また明日、お礼言わなな。


それにしても、「お疲れ様」の後に付いてたアメイジングってどういう意味で使ったんやろ。
単に言いたかっただけなんかな。
特に意味はないであろうアメイジングの使われ方について考えながら、まだ楽屋に残っているメンバーに別れを告げて、私も部屋を出た。


廊下をしばらく歩くと、ふと、マネージャーから届いた一通のメールを確認する。
その瞬間、頭の中が切り替った。


今、私が直面している現実。
事務所やマネージャー達も、知らなかったでは済まされない、大きな問題。
私は”あの件”について考えを巡らせる。


(ごめんな、まいやん……。でも、これ以上誰かに迷惑は掛けたないから)


自分の為にも、心配してくれている人達の為にも、一刻も早く解決まで導かないと。


恐怖心と立ち向かう意思を示すように右手を強く握り締めて、前を見据える。
私は急いで、一人事務所へと向かった。


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