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□僕と結婚してくれますか
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おっきなお目目をキラキラさせて、彼はシロツメクサとタンポポの花束を差し出しながら言ったのだ。
「ぼくがヒーローになって君を守れるぐらい強くなったら、僕と結婚して!」
私はその花束を持つ彼の手に両手を添えて、額に優しくキスをした。
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「なーんてことが私にもあったんだよ」
「うっそだ〜!恋人いない歴=年齢のあんたにそんな素敵なお話ある訳ないじゃん」
私桜田京子は現在24歳。
子供の時の約束を健気に守ってる。
なんてことはなく、ただ単に相手がいない。
友達とカフェで恋バナするぐらいには乙女心を持ってはいるし、身だしなみも気をつけているのに誰からのお声もかからない。
カフェの窓ガラスを隔てた交差点の向こうのビルの大きなテレビに、丁度昔の、約束の彼がいる。
緑谷出久。私の幼馴染みであり、約束の彼であり、約束をすっぽかしてヒーローやってる人。
たった今、トーク番組に出て、有名司会者を見てアワアワ喋ってる人。
小、中学校は同じだったけど、高校は別々だった。
中学時代、彼が雄英に行くと言い出した時はかなりの大事件になったものだ。
皆が批判する中私だけ彼を庇うなんてヒーローみたいなことは無理だったので、近所の神社に毎日願掛けに通ってた。
まあ、そんなことしなくても、彼は実力で雄英に入れた。
体育の着替えをチラッと見た時、以前とは比べものにならない程筋肉がついていたからだ。
私、見当違いの努力して、馬鹿みたい。
そう、馬鹿だったのだ。
彼が告白してくれると信じて、支える努力もなにもしてこなかった。
神様なんか信じてもいないのに、毎日願掛けなんかしちゃって。
今思えば、約束を信じて、浮かれて、好きになっていったのは私の方だった。
反対に彼は、約束を忘れて、冷めて、どうでもよくなっていっただろうけど。
「ヒーローデクってさ、人気者だよね〜」
向こうのテレビを見ていた私を見て、友達がテレビに写っている彼の話を振ってきた。
「でしょでしょ!?」
「なんであんたが嬉しそうなの」
呆れたように笑う友達。
実はね?彼が私の約束の人なのよ。
もう果たされることのない、遠い昔の約束の。
出久君の言葉を文字にした緑のテロップを見て、カフェ中の人が、街が、騒然とした。
けど、私の周りからは音が消えた。
結婚するんだって。
あーあ。私も早くお相手見つけないとなー。
いいじゃない。私なんかとは違って、ちゃんと支えてくれる人見つけたって事でしょ?出久君の幸せのためには、私よりもちゃんと力になってくれる人の方がいいよ。うんうん、私もそう思うよ!いつまでも約束に縋って、こっちから行動起こさなかった私が悪いの。自業自得。
だから泣いちゃダメだよ。
ちゃんとわかってる。分かってるから。お願い。今だけ誰も気付かないで。
(気付かないで。)
その時のことを、私は一生覚えているだろう。
コツコツと響く革靴の音、歩き方が昔から変わらない。
変なTシャツとヒーロースーツ、体育祭の時のジャージしか見たことないから、バッチリ決めたスーツ姿は初めて見た。
カッコよくなったなぁ。
「僕と結婚してくれますか。」
視界に入った黄色は、昔視界を埋めたものよりも大きく、なにを差し出されたかわからない程ボヤけていた。
見下ろした先に広がる黄色の向こうには、一体誰がいるのだろう。
寒い夜の雪原で、迷った旅人が温もりを求めるように。いつの間にか白くなってしまっていた私の両の手が、花束を持つ彼の手へと震えながら、伸ばされる。
あの時みたいに両手で茎を掴んでないのね。
すっかり大きくなっちゃって。
昔は私の手で全部覆えちゃったのになぁ。
私は花束の向こうに見えた彼の額に、私の唇を押し付けた。
(お熱いこった。)