小説
□Philosophy
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阿古哉ちゃんは、ため息をつきました。あくまで、心の中で。
(また有馬さんにイジめられた……)
「イジめられた」と言葉にするのは悔しいことでしたが、そう言わずにはいられません。
一学年上の有馬さんは、阿古哉ちゃんから見ても美しい容姿の持ち主で、高貴な血筋にふさわしい柔和な空気をまとう人です。
誰もが羨む長身と、引き締まった肢体と、執事然とした上品な立ち居振る舞いには、阿古哉ちゃんでさえ、時々ハッとさせられてしまいます。
その有馬さんは、ことあるごとに阿古哉ちゃんをイジめてきます。こんなにこんなにこんなに美しい阿古哉ちゃんの容姿を誉め称えないばかりか、大雑把に生返事しか返さなかったり、辛辣な言葉を浴びせかけたり、時には足を踏んづけたり(ぽにまが)するのです。
それも、阿古哉ちゃんが自らの美しさについて滔々と語っている、大事な時に多いのですから、許せません。
とは言え。
(あの人、美しいんだよなぁ……外見だけは)
美男子コンテスト2位という結果も、認めざるをえません。阿古哉ちゃんは3位でした。
誰かの下になるなど我慢できないはずですが、この人に負けるのなら、まぁ受け入れられるか、という気持ちにさせられるものがあるのです。これは、1位の草津さんに対しても思うことです。
そうそう、草津さんと言えば。
生徒会長である草津さんには、気安く「錦史郎」と呼びかけながら、絶対服従だというのに、どうして阿古哉ちゃんにばかり、あんなにカラい対応をするのでしょうか。阿古哉ちゃんが後輩だからでしょうか。
(そもそも、3人ってイケナイよな)
阿古哉ちゃんは、一生懸命に状況を分析します。2対1に分かれてしまう人数は、望ましいとは言えません。
3年生を新規参入させたとしても、要領をつかんだ頃には引退してしまうので、2年生がいいでしょう。そこそこ見栄えが良くて(阿古哉ちゃんにとって、自分より美しく可愛い人間などいるはずがありません)品がある人間を連れて来て、4人目の、生贄の、スケープゴートに仕立て上げれば良いのです。阿古哉ちゃんにかかる負荷が減って、阿古哉ちゃんの従順なしもべとして扱える者がいれば、きっとことが上手く運ぶでしょう。
「ふふ……ふふふ……」
(僕は、何て冴えているんだ。見てろよ有馬……!)
阿古哉ちゃんは、風より清く水より純情な心根を黒く染めて、ほくそ笑みます。それでもやっぱり、その笑みは見る者をうっとりさせるに足る、美しいものでした。
*****
「んじゃなー、イオ」
「さようなら、リュウ。また明日」
「いーなー。イオは余裕で」
「リュウも少しは努力してみて下さいね。一夜漬けでも何でも」
「はいはーい。善処しまっす」
生徒たちは、それぞれ帰途につきます。テスト前は部活動休止が規則なので、防衛部(笑)という忌々しい集団も、部室に寄らないで帰るようです。阿古哉ちゃんは、直前になって慌てるような無様な真似はしません。きっと彼も同じでしょう。
鳴子硫黄。
同じクラスなので、多少は人となりを知っています。成績は学年でトップクラス、大多数の男子高校生のように下世話な話で騒ぐ姿も見せたことがありません。
よく一緒に行動している蔵王(阿古哉ちゃんにとって、名前を呼ぶのも不快なのですが)に言わせると、「いつもカネカネ言ってる」
悪くない。
阿古哉ちゃんは思います。自分なりの美学を持つ人間は、見どころがあります。
ターゲットが決まれば、今日一日、彼の金銭感覚をリサーチして、つつけるところを見つければ良いでしょう。
今日一日、行動をチェックして、弱みを握ってやる。何なら、自分のポケットマネーくらい、くれてやっても良い。そして、断れないところまで追い込んでやる。
阿古哉ちゃんは、天使のような顔に冷徹な表情を刻みました。
学校を出て、長い石段を降りた鳴子くんは、そのまま駅の方に向かうのかと思いきや、鄙びた商店街に入って行きます。阿古哉ちゃんは、何メートルか離れて、こっそりあとを着いて行きます。あくまで、美しい足取りで。
どんどんさびれた古くさい道に進んで、たどり着いたのは「古物商 矢尾威」と、いつの時代のものとも知れぬ看板がかかった店でした。遠目に見ても、店内は迷路のようにごちゃごちゃしています。
鳴子くんは臆することなく、慣れた様子で入って行きます。無造作に積まれた商品の棚は、阿古哉ちゃんの美麗な姿を隠してくれるものの、埃っぽい空気にむせて、咳きこんでしまいそうなのをこらえるのは楽ではありません。
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